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zoom RSS 引退から10年 小田急3100型NSEについて今一度語る

<<   作成日時 : 2009/05/17 17:51   >>

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小田急ロマンスカー3100型・NSEの引退から、7月で10年を迎える。そこで今回は、NSEの思い出を書いてみたい。なお、3161×11“ゆめ70”は、団体用として2000年4月まで残存し、運用されたので、厳密な意味では10年を経過していないが、NSEが定期運用から離脱したのが1999年7月のことであるため、それを節目にすることとした。

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NSEは、11連×7本の77両が在籍し、小田急特急車の最大勢力であった。“あさぎり”を除く各特急列車で運用が可能だったため、乗車する機会が多く、特に意識しなくてもNSEに当たることが多かった。

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よく、名鉄7000系と比較されるが、NSEは曲線を主体にまとめられた流れるようなデザインで、パンタ以外に屋根上機器を設置しなかったこともあって、編成美では名鉄パノラマカーよりも勝っていた。ただ、ヒートポンプ式の空調が不具合続きで、昭和50年代前半に屋根に冷房が追設されたため、その時点で編成美はややスポイルされたとする向きもある。

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小田急における初の2階運転台ということもあり、NSE導入前にデキの前面に櫓を組み、運転台の視認性確認が行われた。他社では入換信号機をレール面とほぼ同じ高さに設置する例もあるが、小田急ではある程度の高い所に設置されているのは、特急車の2階運転台を意識したものと思われる。停止位置目標も2階運転台用のものが用意された。

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現役時代は2階運転台の内部をうかがい知ることが出来なかったが、開成駅駅前に保存された“ロンちゃん”で、2階運転台を見学することが出来る。立ったまま歩行出来るだけの高さは確保されておらず、しゃがむか、赤ちゃんよろしく“ハイハイ”で移動しなければならない。運転姿勢は、普通自動車のように前に足を伸ばした格好となり、楽しそうな造りに見えて、ウテシさんは大変そうだ。特に“えのしま”は、スイッチバック式の藤沢駅でエンド交換があるし…。だが、車内の喧噪が適度に遮断され、運転に集中出来そうでもある。

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設計時期が戦後の高度経済成長期だったことや、今のように特急車が通勤輸送に加わることもなかったため、あくまでも観光客主体にまとめられた造りとなっている。途中停車駅が少なかったこともあり、客席と乗降扉の間が区分されていない。なお、ドアは手動で電磁ロックによって閉扉回路が構成される構造であった。

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ただ、徐々に“さがみ”などの補完特急に充当される機会が多くなると、出入口と客席が区分されていない点が、やや煩わしく思えることがあった。特に、NSE全廃時まで各駅の特急乗車口が限定されていて、乗客が車内を移動する機会が多かったため、落ち着かなかった。洗面台が出入口にあり、玄関にすぐ隣接している浴室の洗面台を思わせる妙に家庭的な造りで、「これから特急に乗るんだゾ」という高揚した気分が、入口で早速現実に引き戻されたような気がして、好きではなかった。

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NSEで好きだったのは、展望室と第一扉の間の壁に掛けられた照明。丸い蛍光灯にアクリルカバーが掛けられただけのものだが、夜間に見ると暗いトーンの車内で、この照明が明るく輝いていた。

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それより何より、大好きだったのは低重心構造の乗り心地の良さ。ミンデンドイツの台車性能は群を抜いており、揺りかごやハンモックに揺られているようで、本当に心地が良かった。先代のSE車が乗り心地の面で難があったため、NSEではかなり意識したと思われる意欲作だった。ドクン・ドクンと、軌道からの衝撃を台車が一生懸命減衰しているのが伝わって来るのが印象的だった。ミンデンドイツ台車は悪戯にスペースを占有し、特に連接車体の小田急ロマンスカーの場合は艤装スペースに影響するため、以降の形式では採用されなかったのが残念だ。

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以前にもブログの記事内で何度か書いたと思うが、筆者は“走る喫茶室”のホットココアとプリンが大好きだった。“走る喫茶室”は日東紅茶と森永が担当していたが、森永は補完特急を担当しており、混雑を嫌って最初から補完特急を選ぶ筆者は、森永が担当する列車に乗車することが多かった。ココアもプリンも、市販されている製品と同じで、でも、NSEの車内で味わうココアとプリンは美味しくて、ひと味もふた味も違った。今でも、ロマンスカーに乗ると、メニューに、ココアとプリンが載っていないかどうか、探してしまう。ロマンスカーの車内販売は当初から採算は度外視で、日東紅茶も森永も広告を意識した営業だったそうだが、両社ともロマンスカーから既に撤退している。

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1996年にEXEが就役して、2本が廃車となったが、残る5本はその後も大活躍し、同年に新設された“スーパーはこね”に充当されることもあり、話題を提供してくれた。

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1996年春のダイヤ改正より、代々木上原−東北沢間の複々線のうち、内側急行線が時間帯によって退避線として使用されるようになった。これに伴い、本線上で回送列車と営業列車とが並び、NSE同士が並ぶシーンも見られた。

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NSEと言えば、“ゆめ70”にもよく乗った。1997年の小田急開業70周年を記念して特別装飾が施された列車だ。平日は新宿15:10発の“あしがら91号”に限定運用され、両展望車がフリースペース扱いだったので、展望席を容易に確保出来た。ブレーキの排気音が、天井から聞こえてくるのが印象的だった。小田急に波動用の車両が配置された、珍しいケースだったが、2000年4月に廃車となった。

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NSE最後の春、筆者は事情があってNSEを平日にゆっくり追い掛ける時間があった。一般車と違って特急車は運用把握が容易で、しかも展望車となれば、運用が更に限定されるため、効率良く撮影することが出来た。しかし、撮影チャンスがたくさんあったにも関わらず、結局ほとんど満足出来る写真に仕上がらなかった。

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そうでなくとも、前述のようにNSEはロマンスカー中最多本数が在籍していたため、撮影チャンスは数多くあった。しかし、デジカメなどなかった頃、「いつでも撮れる、特に珍しいわけでもない」列車にシャッターを押すことは稀で、NSEが接近しても、撮影を見送ったことも多かった。逆に言えば、沿線住民にとってNSEは身近なロマンスカーであったとも言えるが、今からすれば随分惜しいことをした。

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定期運用終了前に行われたさよなら走行会でも、雨天だったこともあって、半ばやっつけ仕事の様な写し方をして終わっている。余談だが、さよなら走行会では、ミュージックホーンが久しぶりに披露された。

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最後が近付くにつれ、側面に装飾が施されるようになり、新宿駅西口地下で催しが行われるなど、NSEの引退を盛り上げた。

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ちなみに、客用ドアが手動であるNSE3100型の引退により、特急ロマンスカーの乗車方式が、それまでの乗車口限定による乗車前改札から、全扉開放による客扱いへと変更された。一般用の携帯端末“ザウルス”を用い、発売状況と着席状況を比較し、必要な乗客にのみ車内改札を行う方法に移行している。

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3100型は、小田急において3221×11のうち6両が保存されている。当初は11連のままであったが、後に保存スペースの都合で中間5両は解体された。これに伴い自走不可となり、海老名検車区で毎年10月に行われるファミリー鉄道展に展示される場合、一般車に牽引にされる。また、新宿歴史博物館において、運転台部品や、客用座席などが保存されているほか、前述のように、開成駅前にデハ3181号が保存され、週末に公開されている。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
NSEがやっぱり一番かっこよいね。
名鉄7000系より金がかかってるのは曲面ガラス見たらわかるね。
としおちゃん
2009/05/17 22:37
大変詳しいご説明で、ますますNSEが好きになりました。
odision
2009/05/17 23:32
お二人とも、コメントをお寄せ下さり,ありがとうございます.

>としおさん
名鉄7000系は料金不要列車にも運用されましたので、製造コストに関する考え方も、また違ったと思われます。
展望席から乗客として眺める分には、平面だろうが、曲面だろうが、ほとんど差がなくて、名鉄7000系も素晴らしい電車でした。

>odisionさん
所有のNSEの模型、いつまでも大事に走らせて下さい。
ツキだっ!
2009/05/18 21:02
よく拝見させていただいてます。でもはじめましてです。。
NSE懐かしいですね。ロマンスカーの乗降口が制限されていた件、そういうわけだったんですね。納得。
5000形がいよいよ終焉間近なのでしょうか?半月ほど前でしょうか、大野工場で2両が解体されているのを見ました。一方で8000形の更新車(4両)が増えましたね。
☆みやちん
2009/06/05 09:16
☆みやちんさん、初めまして。ようこそおいで下さりました。今後ともよろしくお願いします。
ツキだっ!
2009/06/16 09:07

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