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zoom RSS 廃止から20年 筑波鉄道の思い出

<<   作成日時 : 2007/04/21 23:04   >>

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昨年末,関東鉄道水海道車両基地で行われた甲種内燃動車運転体験会に参加した際,基地内に懐かしい車両が留置されていた.筑波鉄道から移籍してきたキハ301である.

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↑筑波鉄道時代に埋め込まれた方向幕が復活したキハ301


今年の春,国鉄分割民営化から20年を迎えたが,国鉄最終日と同じ1987年3月31日,常磐線の土浦と水戸線の岩瀬を結ぶ,筑波鉄道もファイナルを迎えた.筆者は,父の実家が筑波鉄道沿線にあったので,利用する機会に何度も恵まれた.

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全車非冷房で,夏の帰省は暑かったが,大きな窓を開け放ち,車窓の大気感を車内に取り込みながらの旅は,今でも印象に残っている.ベージュにグリーンのシートモケットが,国鉄気動車と違うアイデンティティを醸し出していた.

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↑旧関鉄色に復元されたキハ350 筑波鉄道も関鉄標準色に準拠していたが,屋根の銀がオデコにまで及んでいた


前述のキハ301は,踏切事故の代車として国鉄から譲り受けた車両だったが,各地から譲り受けた雑多な気動車ばかりの中で,通勤型スタイルのキハ301はピカイチの存在であった.塗り分けは,国鉄の旧塗装に準じていたが,銀色に塗られた屋根の塗り分けラインが,前面上部に及んで,独特のスタイルであった.

オールロングなので,利用者には抵抗が大きかったのか,巡り合わせが悪く,筑波鉄道のキハ301には乗車することが出来ず,真鍋機関区に留置されているキハ301を,通過する際に見るだけであった.国鉄木原線で乗車経験があるキハ35系なのに,筑波鉄道で見ると前述のようにピカイチに見えたから不思議で,ずっと憧れていた.

廃止後は関東鉄道に引き取られ,これを契機に,関東鉄道ではキハ35系を増備した.

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真鍋機関区では,車両交換のため上り列車に回送を増結した.そして,土浦で折り返す際,上りで客扱いをしてきた車両が下りでは回送扱いになり,真鍋で解放されていた.旅客の乗り換えの手間と回送スジのいずれもを節約することが出来る,なかなか面白い方式であったが,そのため,真鍋では運転停車する機会が多く,他の車両をじっくり観察できるチャンスでもあった.

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幌連結を行わなかったので,幌枠に手すりが付いているのが特徴で,転入車にも付いていた.観光輸送を意識した,キハ500型というクロスシートに空気バネ台車を履いた自社発注も存在した.松本電鉄モハ10型に似た日車標準車体の気動車で,他の車型の中にすっかり埋もれて,晩年は華がなかった.

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一般型気動車は,国鉄も私鉄も他の形式との連結運転を考慮して,車体が違っていても,走り装置は標準化されていた.そのため,1形式1両といった各地からの転入車も,受け入れ易かったのだろう.関東鉄道や鹿島鉄道のように,車体広告がされていないので,落ち着いた雰囲気だった.

廃止後は,関東鉄道が転換バスを走らせているが,筑波で系統分離になり,以後,筆者は帰省の際,水戸線経由となった.

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小湊鉄道を写しつつ、筑波鉄道を偲ぶ
いつも乗るだけで、沿線での撮影をしたことがなかった小湊鉄道を撮影しようと、千葉に向かった。 ...続きを見る
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
筑波鉄道、ですか・・・。鹿島鉄道も廃線され茨城交通港線も危ないところであるため茨城県内の私鉄はかなり危うい状況ですね・・・。
オーミヤ
2007/04/22 20:01
こんばんは。
筑波鉄道には、ついに一度も乗る機会がありませんでした。こうして見ると、やはり素晴らしい風景ですねー。
クキ
2007/05/01 00:42

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