思い出の四国一人旅


画像


10年前のこの時期、初めて四国を旅した。

自分にとって、初めての本格的な一人旅だった。

四国は、幼い頃買ってもらった山と渓谷社の本の影響で、ずっと憧れていた。夏休みにバイトで費用を確保し、思う存分、四国での旅を楽しむことが出来た。

行きは新幹線を利用した。初めて渡る瀬戸大橋はスケールの大きさに感動モノだった。マリンラーナーはまだ、213系の頃である。

当時は、まだ111系が活躍していて、琴電も民事再生を申し立てる前だったので、全車がアイボリーにピンクのツートンを身に纏っていた。

画像

伊予鉄道は、初めて見る大手町の平面交差が圧巻だった。ちょうど、たまたま予約したホテルの部屋から、平面交差の様子が見て取れたので、夜は遅くまで飽きることなく見ていた。まだ、鉄道線には旧塗装の編成も残っていて、帰ってから知った、東京ラブストーリーのロケが行われた梅津寺で、瀬戸内海を行き来するフェリーを見ながら、列車を撮影した。

児島では、計画していた撮影ポイントを見つけることが出来ず、撮影の予定を急遽観光に変更。瀬戸大橋の遊覧船に乗ることにしたのだが、この遊覧船がまた良くて、その後も四国を訪れた際、何度か乗船している。

それに、この遊覧船で塩飽諸島の一つである与島の存在を知り、路線バスで訪れてみた。
これがまた良くて、何時間いても飽きなかった。瀬戸大橋を行く列車も、あまり見えないかと思っていたら、形式がきちんと判別できた。

この旅では、徳島にも足を伸ばしている。当時、四国唯一の急行列車であった、急行よしの川号に乗るためだが、キハ58のシートが、80系発生品のロマンスシートを装備していたのには驚いた記憶が、昨日のことのように鮮明に残っている。当時は周遊券がまだ存在していて、別途料金を必要とせずよしの川号に乗れた。

帰りは、奮発してA寝台のシングルDXを利用している。まだ、寝台特急瀬戸号が客車の頃で、個室で食事をしながら、ライトアップされて浮かび上がる瀬戸大橋の神秘的なシーンを楽しんだ。列車でシャワーを浴びた際、衝動で滑って、まるでUの字の坂をスケボーで上下するような、そんなアクシデントに見舞われたのも、思い出である。幸い怪我をしなかった。

当時,旅行後に書いた日誌を以下で紹介する.


1996/9/2

東京駅07:42発のひかり103号で岡山へ。

岡山で西日本の近郊型電車などを撮影し、宇野線の単行123系を撮影すべく、茶屋町へ行ったが撮影予定の列車は、115系の3連だったのでガッカリする。

気を取り直して児島へ向かい、鷲羽山の近くから瀬戸大橋線の列車を撮影する計画。駅から県道を線路に沿って20分ほど歩いた、目標の児島ボート場に着いたが、この後どうすればよいのか見当もつかず、下津井電鉄の廃線後を15分ほど進んで、ポイントを物色してみたが、しまいには道に迷ってしまい、結局2時間ほど歩いた揚げ句、撮影はできないまま瀬戸大橋自動車道をくぐり抜けて、駅に帰ってきた。

しかし、これではあまりに情けないし、時間的にも余裕があるので、児島観光港から観光船に乗ってみた。1時間1500円で瀬戸大橋を一周するのだが、瀬戸大橋といい瀬戸内海といい素晴らしかった。また、この船に乗ったことで、新たなポイントを発見することができたのは良かった。

児島からマリンライナーでいよいよ、瀬戸大橋を渡ったが紅色に染まる橋や、眼下の島々が実に素晴らしかった。

高松に着きホテルで一服。20:00頃、高松の駅に行き、20:06の今治行きに乗ってみることにした。列車はキハ65+58の2連で、快速扱い。いつも気動車に縁がないので少しの間だけでも、試乗してみたかったのだ。

ところで、四国のキハはエンジン換装を行っておらず、外観を除けばほとんど国鉄時代のままで、特にキハ65のダイナミックなエンジンがたまらなかった。本線をダイナミックに走るこの列車は、後日乗る徳島本線の急行よしの川よりも迫力。

本来ならこの列車で多度津まで行くことができたが、勘違いして宇多津で降りてしまった。折り返しの21:02発の178Mで高松に戻る。

この列車は、111系の4連で四国にきて最初の日に、思いがけず乗車することができた。MT46モータを装備するが、音はイマイチでもしかすると、手入れされて音が変わってしまったのかも。室内はアコモ改善されていて、綺麗なので廃車の運命にあるとは信じられない。ただし、外観のボディの痛みはさすがに気になった。ホテルに帰る。16457円。

画像

1996/9/3

朝、まずホテルで自転車を借りて、高松琴平電鉄の撮影をする。ただし、高松城を絡めてのアングルは、逆光だったのでとりあえず後回し。

そして、高松築港8:00発の琴平線で瓦町に行き、志度線に乗り換えて房前で撮影。駅から塩屋方向に10分ほど海に沿って進んだ岬の先から、堤防上をいく2連の電車を滞りなく撮影することが出来た。

列車を待っている間、岬から海を見ていたらトビウオが海面を何度もジャンプしているではないか。夏らしい青い空に恵まれて、とても気持ちが良かった。

10:20発の上り列車で瓦町に戻り、琴平線で琴平まで行く。

琴平到着後はJRに乗り換えるのだが、JR琴平には鉄道資料館が併設されていて、なんと213系のシュミレータがあった。3分100円で瀬戸大橋線の運転ができる。東京のとは違い、まわりに人がいないのが嬉しいが、ちょっと不気味にも思えた。

琴平から多度津へ。列車は南風8号の2000系気動車。振子気動車初体験であるが走りがとてもダイナミックで、曲線でもぐんぐん進むところは京浜急行に似ている。恐ろしい。

多度津からは海岸寺まで121系で行く。この電車はMT55を装備していて、ステンレスの軽快な印象の外観にもかかわらず、103系らしい迫力のある走行音が頼もしかった。

海岸寺で下車し、ポイントまで歩いたが案外、簡単に見つけることができて、良かった。陽射しが強いが景色は素晴らしくて、もうどうなってもいいと思った。でも、暑い。

海岸寺から121系で多度津に戻り、2000系のしまんと8号で高松まで。ここからは121系で国分にいき、ホームで30分ほど待ったが111系はきてくれなかった。

高松に戻り高松城近くで再び、琴電の撮影にチャレンジ。1080型が露出が厳しくなってもなかなかきてくれなかったので、少々、いらだちを覚える。ホテルへ。6764円

画像

1996/9/4

この日は土讃本線の大歩危付近で撮影の予定だったが、先日の児島での撮影を失敗してしまったため、瀬戸大橋に行くことにした。

高松6:44発のマリンライナーで児島に行き、07:50発の与島行きのバスに乗る。与島までは30分程度、480円であった。自動車道からの瀬戸大橋はそれほどでもなく、景色に関しては鉄道からのアングルがいい。

与島で1時間半ほど撮影、逆光だったが島からの瀬戸大橋は、デカくて圧巻だった。

09:48発のバスで児島に戻り、10:48発のしおかぜ5号で丸亀に行き、帰りのためにここのコインロッカーに荷物を入れておく。

11:31発の南風3号で阿波池田に向かう。徳島本線の辻駅付近で撮影の予定であったが、天気が悪くなりそうだったので、12:25発の特急剣山4号で徳島に行くことにした。キハ185は初めてであったが、2000型と違って、堅い走りに安心感を覚える。車窓から本来撮影するはずだったポイントを見ると、駅から相当距離があったので、辞めて正解だったと思う。

徳島到着後は、下り急行よしの川で阿波池田に戻る。編成はキハ58+65の強力編成で、キハ65が喫煙車だったのでキハ58を選ぶ。車内は2日に予讃本線で乗ったのとは異なり、方向が限定されたロマンスシートが並んでいて、往年の国鉄急行全盛期の雰囲気が伝わってきて、ムードは満点であった。

徳島本線の線路規格の関係からか、速度はそれほどでもなく、2日の予讃本線のものと比べると、少々、物足りない走行であった。

終着の阿波池田付近で撮影できそうなポイントを見つけたので、15:31発の上り急行よしの川をここで撮影する。

阿波池田で1時間ほど待ち、2000型の南風12号で丸亀へ。2000系の走りっぷりは、何度乗っても気持ちが良いもので病みつきになりそうだ。丸

亀で荷物を取りしおかぜ15号で松山へ。この列車も2000系で窓の景色は暗くて何も見えなかったので、この車両の細部を観察する。しかし、とにかく速い。揺れる度に車体が歪んだり、振動が伝わってきたりするが、そんなことはお構いなし。ただひたすら速く走ることだけを考えた車両であった。

松山到着、ホテルへ。ホテルのすぐ裏側を伊予鉄道が走っているのには驚いた。大手町のクロスもすぐしたに見えるではないか。15383円

1996/9/5

大手町から梅津寺に向かうべく、700系の下り列車に乗る。梅津寺は想像以上に海が近くにあり、ポイントも簡単に見つけることができ、案外早く撮影は終わってしまったので、下り列車で横河原まで行ってみる。

食事を調達して次の列車で見奈良に行き、駅から5分の構内から列車を撮影、伊予鉄道の撮影は終了した。

見奈良から松山市に戻り、郡中線で郡中港まで。郡中港はJR伊予市駅のすぐ近くにあった。伊予市から特急宇和海12号で松山に行き、折り返しの11号で宇和島まで行ってみることにした。

宇和島は想像以上にでかい駅前だった。

18号で伊予市に戻り、予讃本線で下灘に行く予定だったが、曇っていて夕陽は望めそうになかったので、一駅手前の伊予上灘で交換の上り列車で引き返してきた。この区間は本当に四国らしい、淋しいところでキハ32では頼りない感じがした。

松山到着後は、伊予北条まで7000系に試乗してみる。都会の車両らしく、走りも速度もスマートであった。

松山到着。ホテルへ。3443円


画像

1996/9/6

最終日の今日は、09:19発のいしづち6号で高松へ。列車は8000系だったが、2000系のダイナミックさをスマートにした感じの印象。

高松で2分の待ち合わせ、高徳本線のうずしお7号で徳島に行き、13:19発の徳島本線普通列車で、牛島に行く。4日に乗った急行よしの川で気になったポイントがあるからだ。

しかし、列車から見た風景と印象が異なるので、駅近くの踏切から、急行よしの川を何とか撮影する。

14:22発の普通列車で徳島に行く。徳島本線で乗った普通列車は、往復とも1000系だったが、軽快な外観とは裏腹に、気動車らしさが残っていてホッとする。

徳島からうずしお16号で高松に戻り、16:47発のマリンライナーで111系を探しに行くと、途中で擦れ違ったため、坂出で普通列車で折り返し、鴨川で111系の撮影に成功する。

18:01発の262Dで高松に戻る。この列車は土讃本線からの直通で、キハ58+65の4両編成だった。本線筋を走る気動車には迫力がある。高松で2時間ほど空白ができてしまい、たまらなくなり、坂出まで213系で往復して時間をつぶす。

そして、いよいよ寝台特急瀬戸に乗ることになる。

列車は20時頃には6番線に入線してきた。3号車6番のA個室寝台である。列車が発車するとすぐにホームで買った、610円のカツ丼を食べながら道中を楽しむことにする。

いよいよ瀬戸大橋。部屋を暗くしてライトで浮かび上がる橋桁を見ていると、まるで神秘的な風景が展がる。撮影に行った与島も見えた。

児島を過ぎてシャワーを浴びる。揺れる車内でのシャワーは、列車内でトイレをするのと同じで、なかなか苦労する。最後にはしゃがんでしまった。お湯は6分だが充分であった。

姫路を過ぎてしばらく寝てしまったが、三宮と大阪に到着したことは覚えている。大阪で日付が変わる

画像

1996/9/7

大阪を出てしばらくすると、列車は駅間で止まってしまった。朝になって車掌氏の案内では列車妨害があったとのこと。その後、また寝てしまい起きたのは静岡を過ぎたころ。

東京到着は11分ほど遅れる。9時間の瀬戸の旅はアッというまで、A個室は少々、もったいない気がする。

"思い出の四国一人旅" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。