七尾線 415系800番台・413系


0M9A4084.JPG七尾線に行き、415系800番台と413系を撮影してきた。

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413系は、珍車・クハ455-700組み込み編成を撮影出来たのが良かった。こういう少数派の車両との巡り合わせが悪いのが常なので、せめて1~2カット写せたら良いか…と、最初からあまり期待していなかった。それだけに、嬉しくて線路際で久しぶりにはしゃいでしまった。

0M9A4012.JPG今まで北陸本線旅行中、413系に乗車する機会にはなかなか恵まれず、思い出もない。その分もと特急型の419系や急行型の475系に乗れたのだから、グレード的には恵まれていたのだが。

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415系800番台は気になる電車だが、乗車回数は数えるほど。改造箇所が多くいろいろ手が加えられているが、内外共に傷みが目立つ。撮影中も、車両故障のため15分ほど遅延した列車の当該が415系だったりと、置換えも頷ける。

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交直流近郊型電車にしては珍しく幌枠に厚みがあり、貫禄を感じる面構えだ。113系改造なので、従来の415系とまるで別形式にまとめても良かったのに、415系のシステム構成を踏襲した手堅い車両だ。別形式化がダメなら、いっそ番台を2000・3000番台ぐらいまで飛ばしてしまっても良いくらいだったのに、これもまた、控えめに700番台のあとを埋める形を採っている。この辺り、何が何でも415系としてまとめたかった意向が見え隠れしている。当時、415系は山陽本線でも運用されていたので、415系ファミリーにした方が、JR西日本社内では、受け入れやすかったのかもしれない。

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常磐線で415系1500番台が全廃された際、次の活躍先に七尾線が良いと思っていたが、JR西日本は興味を示さなかった。60㎐に対応し難いのも理由だったのだろうが、それ以上に、その時点で、もう国鉄設計の車両を無理に使い続ける時代ではなかったのだろう。

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となると、今後はもう、113系や485系の発生品をかき集めて作った、415系800番台のような形式はまず出現しないと思われる。JRの車両史上でも貴重な形式と言える。

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七尾線も、一度乗り通したことがあったが、413・415系がいなければ、再び来ることはなかった。

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東海型のありふれたフロントマスクも、今ではお目にかかる機会が減った。ウテシさんがレバーサを入れ、ブロウが回り始めると同時に、車内灯がほんの一瞬薄暗くなる。スマホを見ている人たちも、このときばかりは天井を見上げるのが面白い。交直デットセクションも、最近は切替を意識させない例がほとんどだが、非常灯を除いて暗くなる。以前はありふれたそんな光景も、久しぶりで懐かしく思えた。


嗚呼 京王3000系片扉車

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北陸鉄道浅野川線に行き、8000系を撮影してきた。
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訪れた週末、片扉の8800型は朝の2往復のみの運用。天気や光線の都合もあり、撮影できるチャンスは限られていたが、どうにか記録出来た。
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オレンジのフロントマスクと帯のせいで、北陸鉄道というよりも伊予鉄道の電車に思えてくる。残念ながら乗車することは出来なかった。

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高校の頃、通学に井の頭線を利用していたので3000系には思い出がある。特に片扉車への思いは強く、これに乗りたくて、下北沢でわざわざ数本見送ってまで待っていた。平日朝の限定運用だった。
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京王の電車は、この3000系といい5000系といい、各地の地方鉄道で人気があり、今なお活躍する姿が見られるのが良い。さらに3000系はステンレスボディなので、経年による車体の傷みは見られない。このままいつまでも走り続けることが出来そう。伊予鉄道3000系のように、VVVF化すれば部品の心配も当面なくなる。
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だが、内灘の車庫内には日比谷線03系が搬入されていた。コスト面だけでなく総合的にみて、03系で置き換える方が有利なのだろう。筆者が今回わざわざ金沢を訪れたのも、浅野川線に03系が搬入されたというニュースを知ったからである。
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願わくば、京王電鉄が3000系トップナンバーを買い戻して保存してくれないだろうか。ローレル賞受賞車なので保存価値は大である。