京浜東北線に似ている小田急3000系・京浜東北線と同じ小田急4000系
月曜日に小田急・新4000系の概要が公式に発表された.千代田線乗り入れ対応車で,E233系と同仕様となるそうだ.竣工は5月で,秋には営業を開始するとのこと.
相模鉄道がE231系を投入したときも驚いたが,遂に小田急も,他社で開発された車両を,そのまま投入するようになったか.小田急旅客車では,終戦後に入線した1800系(国鉄63系)以来の例となる(向ヶ丘遊園モノレールを除く).今後,JR東日本が203系の置き換えをE233系で行うのであれば,その際は,小田急4000系の設計を流用できるし,東京メトロにおける習熟運転等の過程が省略できるといったメリットもある.
3000系に続いて,今回も拡幅車体は採用されなかった.千代田線乗り入れ用ということも理由なのだろうが,9000系や1000系も,地上線用ほどではないが,それでも裾絞りを採用していることから,製造工程やコストを考慮した結果なのかもしれない.
3000系において,車内は独自のデザインを採用し,小田急の個性を主張したが,4000系では,車内のデザインもE233系のものを受け入れるみたい.3000系の前面帯の太さが,増備途中から仕様変更されたのは,小田急幹部が京浜東北線に似ていると言われるのを気にしたから…とされる説があるが,気にするのをやめたのか,それとも,気にする幹部が辞めたのか,ここに来て,とうとう遂に,京浜東北線と同じ車両を導入することになったのだから,皮肉である.
ところで,小田急には2年前まで,4000系という車両が存在した.旧性能車の足回りに,2600系と同じ大型車体を組み合わせた車両で,後に,冷房化と併せて新性能化されている.103系3000番台と似たような経歴の持ち主である.
2600系や5000系と同じ車体でありながら,旧性能車であることを識別するため,乗務員室内がベージュに塗装されていたのと,2400系以降の小田急非冷房車のアイテムであった,運客仕切直後の戸袋窓のルーバが,新性能化まで残ったのも思い出である.
各停で運用時には無表示となる前面種別幕に,うっすら↓の文字が覗かせていたり,1800系との併結運転時に発生した連続脱線事故以降,新造された5連化用中間車には,側面方向幕の準備工事のみが為され,ガラス部分がアイボリーで塗り潰されていた点など,特徴が多かった.
旧性能時代の写真はあまり残せなかったが,モータサウンドは,今でも記憶に残っている.このテの車両は,東武や名鉄でも存在したが,4000系は台車を新調しているので,他社に比べて,吊り掛けサウンドは軽やかで伸びが良く,重々しくないのが特徴であった(それが不満であるという向きもあった).電制はなかったが,それでも減速時に,モータがトーンダウンする音もして最高だった.2段窓に開口制限がなかったので,夏は全面的に開け放たれた窓から,豪快な吊り掛けサウンドが飛び込んでくるわで,乗客にすれば迷惑だっただろう.旧性能時代は,ギャングのような存在だった.
ところが,新性能化された4000系を初めて見たときの驚きと言ったら,まるで,小さい頃,お転婆だった女の子と偶然,街中ですれ違った際,すっかり品のある落ち着いた,見違えた姿になっていて,「えっ?!本当に4000系ちゃん?ウソ~ぉ?変わった~ぁ,いやぁ,一瞬本当に誰だか分からなかったよぉ」…という経験,ありませんか?そうなんです,ちょうど,そういうシチュエーションで味わうような,そんな感じだった.
(4000系の話しはどうした?)
外観の目立った変更点といえば,屋根に搭載されたクーラキセぐらいなのに,4000系新性能車は,従来と雰囲気がガラリと変わって見えた.
もちろん,カルダンドライブになって走りは静かになり,スマートになった.新性能化後も電制が省略されたので,引き続きディスクブレーキが採用され,ギラリと輝く台車が特徴だった.ディスクブレーキの効きは良く,ウテシさんは電制なしでも,それほど苦労はなかったと聞く.
東急車輌に入場し,新性能化・冷房化改造が行われたが,同時に,車体修理も併施された.車体修理のメニューは,9000系や2600系などで行われたものと同様の内容であったが,さすが車両メーカーで工事されただけあって,技術力は素晴らしく,2600系などと異なり,廃車まで綺麗な車体を維持していた.
車内は,乗務員室が前述のベージュからグリーンになったのと,天井にクーラが設置されたのが主な変更点であった.工事の簡略化のためか,ダクトが設置されず,冷気はユニットからの直墳式になった.サイクルファンで撹拌する構造だったが,冷房の効きにはムラがあるのが難点だった.
ランカーブが他の車型と揃った新性能化後は,地下鉄直通と湯本急行以外のいずれの運用にも充当が可能となった.晩年では電気指令式の3000系とも,読み替え装置を介して併結するようになり,3000系からの自動放送が,4000系の車内にまで流れ,愛嬌を振りまいたが,今までの小田急の例としては珍しく,2600系や9000系と同時並行で廃車が進み,2600系のお別れイベントから半年後に,全廃された.4000系のセレモニーはなかった.
かつては,フラワートレインや新聞配送列車にも就いた4000系.この秋,新しく生まれ変わって,今度は千代田線直通運用に充当されようとしている.







この記事へのコメント
それがこの小田急の4000系・・・だったのでしょうか・・・w
一瞬見たときに、西武の新型車かと思いましたw
でも、あの小田急がJR-Eの車両をOEMするとは思いませんでした
少しは小田急らしい新型車を作るのかと思っていたので残念な気もしますが、常磐線の203を新型に置き換えるとしたらE233になるだろうということでE233の導入に踏み切ったのでしょうね
将来的には小田急の車両が綾瀬から先も走るようになるのでしょうかね?
小田急4000形といえば、やはり旧4000形を思い出してしまいますね。
2600形が引退の時は、旧塗装に戻したり、派手なセレモニーもあったのに、4000形はひっそりと引退してしまいましたよね。なんとも寂しかったのを覚えています。
その点、今回は効率化という旗印の下、同じく乗入れ車ということでE233ベースになってしまったのでしょうが、その私鉄独自の個性を求めるような我々ファンからするとなんとも残念な話ですね。
ただ209やE231に比べるとE233の接客設備はかなり改善されてる感があり、旅客には喜ばれるのではないでしょうか。そのあたりも、またファンとしては微妙なところですね(苦笑)