209系1000番台 Before After

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千代田線の話題をもう一つ。

先月、引退ヘッドマークを付けた209系1000番台をキャッチしている。オレンジ帯を締めた転属後の姿とともに、ご紹介したい。

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209系1000番台は、1999年12月改正における常磐緩行線増発により、2本が新造された。写真は、営団側の試運転時のもの(1999-10-31)。スカートがオリジナルで、先頭車の窓配置も、今と異なる。19年の時が経つが、ついこの間のことのように思えるだけに、千代田線撤退は意外だ。

営団地下鉄6000系引退

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東京メトロ6000系が引退する。

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また一つ、身近な電車が全廃になる。

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東北沢の、代々木上原3号踏切から、折り返し線に入庫する6000系を、毎日のように見ていただけに、本当、身近な電車だ。

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6000系は、「メトロ」より、「営団」の方がしっくりくる。

数次に亘り35編成製作されたので、形態にバリエーションがあり、趣味的に面白かった。

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6000系の思い出は、また別の機会に書きたいと思っているが、今回は、お別れ運転の模様を撮影してきたので、その画像をお届けしたい。

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営団6000系撮影のために、1時間以上前から場所取りをする日が来るとは思わなかったが、どうにか、撮影できた。

マイクロエース 小田急2600系(改良品)

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筆者が、いちばん大好きな車両である小田急2600系。

子供のころ、下北沢の近くに住んでいて、GM・下北沢店のショーウインドウに飾られていた、模型店組み立ての特製品が、途轍もなく欲しくて、欲しくて、のたうち回りそうなくらいだった。

ハンドメイドなので、こちらの資金と、お店の在庫のタイミングが合わず、なかなか手に入れることが出来なかった。

この特製品は、ハンドメイドなので、当然キットを素組みするのと、同じ値段であるわけがなく、手間賃が上乗せされた値段設定だった。今にして思えば、良心的な値段だったのだが、子供には負担だったし、理解出来なかった。

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当時、小田急2600系のようなマイナーな車型を、完成品で製品化するメーカーなどなく、他に、グリーンマックスのキットを組み立てるしか手に入れる方法はなかった。

しかし、当時小学生の自分に、エコノミーキットを組み立てる技量はなく、特に塗装をやってのける自信がなく、途方に暮れていた。

そして、ようやく小田急2600系の特製品が店頭に並んだ。

12歳の誕生日だった。

飛び上がるほど嬉しかった。

そんな思い出がある。

好きなことばかり考えていたあの頃が懐かしい。

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マイクロエースから、小田急2600系(改良型)が発売されたので、購入した。

Nゲージを購入したのは、約20年ぶり。

あれほど好きだったNゲージだが、徐々に写真にシフトするようになり、運転する機会もなくなった。

なので、、引っ越しの際に鉄道模型を思い切って処分した。

それ以降、Nゲージは買わないと固く誓っていた。

マイクロエースの製品は、前回、14年前に8両固定編成が発売されたときから気になっており、何度かポチっとしそうになったことがあったが、誓った意志を、ずっと貫き通していた。

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なのに…、ダメだ…、今回、完全に誘惑に負けてしまった。カッコいい。

同時発売の4000系に比べ、2600系の方が売れ行きが良いみたい。しばらくは店頭に並んだままだろうとタカをくくっていたが、各店ともあれよあれよという間に売り切れとなり、慌ててお店に走った。

2軒目でようやく展示品として並んでいた製品をゲット。

まだ、発売から1箇月も経っていないのに、不思議だ。

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地味な電車だったので、ファン層は限られていた筈なのに、なぜか売れ行きは反比例している。このクオリティを思えば、飛ぶように売れるのも頷ける。

おかげさまで、鉄道模型を自分で買えるにまで成長し(安月給だが)、子供のころに感じた、購入時の高揚感・達成感は得られなかった。

が、しかし、机の上に並べてみると、いやぁ~、買って良かった。本当、カッコいい~。
本当、好きなことに打ち込んでいた子供の頃の気持ちが甦ってきた。
何時間見ていても飽きない~。
いやぁ~、最高だぁ。

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実は、前述の子供の頃に購入した特製品の2600系は、仕上がりがイマイチで、その後、レールの上に並べることはほとんどなかった。商品としては雑で、嬉しさより、がっかりの方が上回った。小学生にとって、本当に高い勉強料だった。

そして、それ以降、2600系をNゲージに求めることをしなくなった。

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でも、今回、思い切って買ってみて、本当に良かった。

当時と比べ、目が霞み、実は細かい部分をずっと見ていると、目が疲れてしまうようになったけれど(模型店で点灯確認の際、テールライトが見えなかったの/前回の製品と比べテールライトがよりいっそう小型化されたという要素はあるにせよ、ショックだった。)、コイツを眺めるため、ずっと体を折り曲げていたら、体の節々が痛くなってしまうようになったけれど……

なんだか、久しぶりに、夢を見る気持ちを取り戻したような気分になった。

これに気を良くして、さらに2編成、追加購入してしまった。

小田急70000型ロマンスカー・GSE

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新型ロマンスカー・GSEに乗ってみた。

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展望特急でありながら、20m・ボギー車である点が、これまでのロマンスカーと異なる。最大限の定員を確保しようとした結果だ。編成は、箱根湯本の有効長目一杯の7連。RSE車引退後、ロマンスカーでは久しぶりに見る7連で、案内表示の「7両編成」がなんだか新鮮だ。

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連接車体の採用は見送られたが、席に落ち着いてしまえば、そんなの気にならない。インテリアは、最近の商業施設で見られるようなテイストで、やや明るめ。

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そう、夜間沿線で通過していくGSEを見ていると、大きな窓から、明るい車内が映し出されて、とても印象的なの。ボディが暗闇に溶け込み、客室部分だけがホームに飛び込んでくる。ショーウィンドゥが動いているかのようで、不思議な感覚。

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座り心地はMSEより改善されている。NSEの、あのふかふかな掛け心地を求めるのは、多くの要件を満たせねばならない現代では無理なのだろう。懐かしい。

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遮音性は抜群で、ジョイント音もあまり聞こえてこない。一方、帰路に乗車した展望席では、台車直上なので、ジョイントに体が刻まれる。先頭台車なので、フラット音がするのは、歴代の展望特急と同様で、宿命なのかもしれない。

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GSEでは、先頭車に網棚の設置が行われなかった。展望席だけでなく、客室全体が展望車というコンセプトによる。おかげで、頭上の空間がトールで、本当に開放的だ。網棚から、バックの紐が垂れ下がり、ブラブラと目障りな思いをすることはない。

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トールと言えば、展望席のガラスも上方向にだいぶ拡大されていて、従来よりも視界がかなり広い。日中なら展望席の照明は不要なくらいだ。

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展望室天井からは、何も聞こえてこない。1回だけパターン接近音が聞こえてきただけだ。NSEはブレーキの排気音、LSEは前照灯減光足踏みペダルを踏み込む音が聞こえてきて、前面展望を楽しみつつ、頭上で行われている運転操作を想像したものだ。GSEではそのような楽しみ方が出来ないのは淋しい。原鉄道模型博物館で、GSEの運転台モックアップに座らせてもらったことがあるが、足元が狭かった。

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ロマンスカーと言えば、走る喫茶室。喫茶室サービスが廃止されてからも、カウンターだけは設備されていた。しかし、GSEではいよいよなくなった。男女兼用トイレも1箇所になり、客席スペースを極力捻出しようとしているのが分かる。一方、最近の動向を反映して、大型荷物置場が設けられたのが、ロマンスカーでは目新しい。

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GSEでは、終点に近付くとBGMが流れる。降車準備を促す目的だが、その目的と裏腹に、豪華客船に乗っているかのごとく、優雅な気分になり、聞き惚れてしまう。いつまでも乗り続けていたい。

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現場では、20m10編成を組成できるEXEやMSEの方が、制約がなく重宝しているのは分かる。だが、ロマンスカーで味わう非日常は格別である。乗る方としてみれば、"遊び心"を楽しみたい。

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GSEは、2本のみの新造のようだが、出来れば、もっと増備して箱根特急は全て展望車で運用できるようにして欲しいところだ。

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今春の線増工事完成で、小田急は永年の夢であった新宿-小田原60分運転が実現し、GSEは、その記念すべきステージのために用意された。

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当たり前の存在だったLSEの引退は淋しいが、それと引き換えに用意されたGSEも……好きになりそうだ。

VVVF 東急7700系について考える

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東急7700系が置き換えられつつあり、東急線上から姿を消す日も遠くないようだ。

7700系は、東横線・日比谷線直通用7000系に、VVVF装置を艤装した更新車である。

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VVVF化は、今でこそ珍しくないが、当時はとても斬新な手法で目を見張った。18m車であることも有利に働き、結果的に後モデルの8000系より長く、東急線上で活躍を続けた。(当初、運転台がワンハンドル化されたものの、ブレーキは空気指令式のままの編成があり、趣味的に面白かった)。

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一時期、東京急行はステンレス車を、更新しながら半永久的に使用する方針であった。これに基づき、7600・7700・8000系に、いわゆる「歌舞伎塗装」された更新例が見られた。外観で劣化するのは、スポット溶接が所以のシール充填材と、窓サッシのゴム程度であり、ボディの強度は理論的には衰えないはず。なので、前述の方針は理に適っていると思っていた。

愛好者にとって、現行の形式が末永く活躍を続けるのは喜ばしいことで、この方針を歓迎していた。

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しかしながら、この方針は後に変更され、新形式車によって置き換えられるようになった。これは、相互直通運転など、乗り入れ先の環境の変化によるものが大きいが、各種サービス機器の充実化によって、配線引き直しの必要性に迫られると、費用対効果の面から、新形式導入の方が、総合的なメリットをもたらすからだ。

ところが、現在7700系が運用されている池上線・多摩川線は、自社線で完結しており、他社の影響を受け難いことから、これが、7700系は、7000系時代から通算して半世紀以上、東急線上で運用され、7200→7600系よりも、更なる大活躍を見せる結果となった。前述の、18m車ゆえの有利な条件とはこのことである。

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さすがに、現代の水準から比較して、特に側面の見附がクラシカルに見える。だが、性能面では今後の使用に充分耐えられそうである。

そして、ご存知のとおり、養老鉄道に譲渡されることになった。同鉄道では今後30年程度の運用を見込んでいるそうだ。







都営新宿線10-300R形など、ステンレス車ながら20年未満で解体される例もある中で、今回の7700系譲渡は、大変ラッキーな例だ。

だが、養老鉄道も、もっと新らし目の出物があれば、そちらを選択したかったのが正直なところだろう。

例えば、東京メトロ03系は有力候補だったと思われる。

しかしながら、先頭Tc編成であり大幅な改造が伴うことから、除外されたのだろう。(18m車ながら、03系は案外人気がないようで、いま聞く売却話は、熊本電鉄のみのようだ。先代の3000系と同様、飛ぶように売れるかと思われたが。)

都営5300形はどうだ。先頭Mc編成で、1C4M制御なので、短編成の組成はそれほど難しいくないだろう。期間が異なるが、車軸交換程度の小改造で済みそうだ。だがこちらは、アルミボディゆえ、塗装を省略出来ない点で不利になる。

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となれば、東急1000系の余剰車が払出されてしまった以上、7700系も、車体の設計が古いという以外に、候補から除外する理由はなくなる。

これが今回の譲渡劇を生んだ、と言ったところだろう。

伊豆箱根鉄道大雄山線 コデ165

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かねてから撮影したいと思っていた、伊豆箱根鉄道大雄山線の甲種回送列車を撮影してきた。

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特に、今回はコデ165が茶色に塗装変更されたこともあり、沿線には多くのファンが集まっていた。

生憎の天候で、せっかくの茶色を上手く再現出来なかったが、記録出来ただけでも満足だ。

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塗り替えられた茶色塗装はツヤツヤで、阪急電車のようだ。フッ素系の良い塗料を使ってもらったのだろうが、個人的にはもう少し黒目が好み。

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なお、コデ165は、今年2月のイベント時に車内を見学出来る機会があった。車内は質素で、昔ながらの機器が並んでいる。

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大雄山線の旧型車は見かけるチャンスはあったものの、当時は写欲をそそる被写体ではなく、ほとんど記録していない。デジタル時代の今なら、とりあえずカメラを向けていたかもしれないが、当時は5000系ばかりを写していた。そればかりか、乗車経験もない。今にして思えば、惜しいことをした。



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京王 デヤ900 検測列車

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京王デヤ900型を撮影してきた。京王の検測列車はデワ600型の頃、何度か写したことがあったが、デヤ900型になってからは初めて。かねてから、撮影したいと思っていた。

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デワ600型の頃とダイヤが変わっており、以前と同じ時刻にカメラを構えていても来ない。てっきり今日はウヤかと諦めかけていたら、その後しばらくしてホームに入線してきた。しかしこれがまた、両先頭車とも尾灯点灯状態で、これからどちらの方向に進むのか分からず、ダイヤの見当が付かないこともあって、どこでスタンバイしたら良いのか判断できず、右往左往する。結局、コースはデワ600型当時と同じだった。

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沿線で待っていても時刻が分からないので、常に気を張っていなければならず、油断できないのが辛い。思いのほか早くに折り返して来たので驚いたが、満足な仕上がりが嬉しい。

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下り方先頭車は前パン。シンパの上昇幅が意外に高くて失敗してしまった。上り方先頭車も、後位のパンタが案外前位に迫って見え、これまた考慮して構図する必要がある。全てのチャンスに満足した仕上がりが得られたわけではないが、新車だし、今後ずっと活躍を続けるのだから、少しずつモノにして行こう。

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そう、京王の事業用車は、ずっと改造車が充当されてきたが、デヤ900型は新車だ。といっても、営業用車と同じ両扉4扉で、9000系先頭車とほぼ同様のスタイルをしている。そのため、改造車に見えてしまう。せっかく新造するのであれば、東急デヤ7500型のように、事業用に思い切りアレンジすれば良かったと思うが、9000系の設計を極力流用し開発費を抑制したのだろう。手堅い。

東武1800系 多客臨時列車

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多客期恒例…東武日光線で1800系を用いた臨時列車が運転されたので撮影してきた。

晴天下、鮮やかな赤を再現したかったが、あいにく曇り空になってしまった。

快速列車廃止後の初めての繁忙期。この臨時列車は、救済臨としての位置づけだが、今年は乗車率が高く立席も出たようだ。

1800系は、定期運用を失ってからおよそ20年になる。今では1819Fもすっかり波動用のイメージが定着してしまい、伊勢崎線の急行“りょうもう”で、有料優等仕業に就いていたことも忘れられつつある。伊勢崎線の急行列車、以前は有料列車だったのよ。

1800系の原設計は約50年前だ。ただし、1819Fは最終増備車で経年30年。定期運用を持たないため使用方法にゆとりがあることと、東武鉄道は車両を永く使用する傾向にあることから、今後も活躍を続けると思う。東武で気になる電車の一つである。

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余談だが、4月のダイヤ改正で、6050系に日中の急行運用が設定された。6050系に急行の赤い種別幕、良く似合う。

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合わせて、“リバティ”を初めて写したので、ご覧に入れたい。

上信電鉄 デキ!

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上信電鉄デキ1・3の重連による“2017ファンタジー号”が運転された。

過去に撮影したことがあったが、ふたたび写してみたくなり、撮影してきた。

みんなが俯瞰で写しているのに、ひねくれ者の筆者は、ひとりだけ線路際のレベルから。

でも、このアングルを選択して良かった。

満足のいく仕上がりに、思わずニンマリ。

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機関車列車そのものが珍しくなった昨今、凸型電機で現役と言えば、他に黒部峡谷鉄道ぐらいしか思い浮かばない。

ところで最近、東武と大井川で、JR14系客車の購入例が続いた。

上信電鉄も、専用の客車を用意してみてはいかがかしらん?

都電7000型 “あかおび” “あおおび”

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都電7000型の引退が迫っている。

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筆者の年代だと、都電と言えば7000型。なので引退とは俄かに信じ難い。

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しかし、ベテラン諸氏にとって、現在の7000型は更新後の近代的な姿であり、原形のイメージとはかけ離れて、もしかすると7000型として受け入れていない方もいるのではないか。

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それにしても、東京都交通局は車両置き換えが活発だ。東京オリンピックを控え、上野懸垂線と三田線以外、車両を精力的に更新している。

筆者の幼少期、都営交通と言えば「赤字経営」だった。ちょうど、7000型が新車体に更新された頃で、特に地下鉄は、営団と都営とで、駅構内の雰囲気がまるで異なっていた。

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そんなことも、今では昔話になり、東京都交通局の車両は、大きく変わろうとしている。

なお、7000型の一部は7700型に車体が流用されているのは、ご存知のとおり。

相鉄のサンパチくん!? モヤ700

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相鉄モヤ700による運転体験会が開催され、その様子を撮影してきた。

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筆者は、事業用車、大好き!メがないの。

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かねてから相鉄モヤ700を写してみたいと思いつつも、コイツだけは、神出鬼没、どうしても運行日のパターンがつかめず、過去にかしわ台で、望遠で辛うじて記録しただけであった。

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なので、今回は記録出来る絶好のチャンス。ゴールデンウィークの楽しみにしていた。

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モヤ700の増設運転台は、改めて見ると、113系3800番台のようだ。113系3800番台は旅客用営業車であるがゆえ、あれこれ言われたが、モヤ700は事業用なので、デザインについて、悪い発言を聞かない。

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運転体験だが、新聞記事によれば参加者の技術はみな高かったとのこと。往復している様子を見ている限り、制輪子をキィキィ言わせることなく、みな、±1~2mの範囲で停車させていた。

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モヤ700って、日立式電磁直通でしょ。操作方法は自動ブレーキと同じで難しいはず。事前のわずかな時間の講義だけで制動技術を会得したとは考え難く、参加者はいったいどんな人達だったのか、興味があるところ。

東武 6050系の快速列車

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東武6050系が、快速運用から撤退する。

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日本の私鉄で、これだけ存在感のある快速列車は、東武鉄道だけだろう。

西武では“S-TRAIN”がデビューし、横浜と秩父をクロスシートで結ぶサービスが始まったこの春、東武ではおよそ60年近く続いたクロスシートの快速サービスが消える。対照的に思うのは筆者だけだろうか。

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しかし、6050系も経年であることは事実である。6000系の部品流用車であるのは周知のとおりだが、最後に春日部までお名残乗車してみたところ、ボディも草臥れていて、現代の感覚とやや離れている。

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親戚が栃木に住んでいるので、6050系には思い出がある。なので、今月になって2度ほど記録のため沿線に足を運んだ。


ところで、10年ほど前から、自分の中で栃木以遠は有料特急で行くところという図式が定着してしまい、快速を敬遠しつつあった。座席確保の心配が付きまとうからだ。

なので、“リバティ”には期待している。

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6050系も、混雑のないゆったりとした車内空間だったら今でも快適なのだが、長いこと増発も増結もされず、1時間ヘッド・6連体制を貫いた。しかも数年前に2時間ヘッドに削減されてしまい、今回のダイヤ改正で、東武伊勢崎線・日光線系統の路線図から、いよいよ“快速”が消える運びとなった。

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首都圏では、これだけ4扉ロングシート車が幅を利かせる時代になり、今では日光までロングシートの通勤電車で運ばれても抵抗はない。

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だが、東武鉄道はせっかく東上線で50090系を開発し、大成功を収めたのだから、日光線快速を50090系で置き換える手段もあったはずで、快速サービスを終了させてしまったのは残念だ。

北総9000系さよなら運転

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北総鉄道9000系のさよなら運転が行われた。今まで何度か狙ったことがあったが、この電車のときに限って失敗してしまい、満足な写真を残せずにいたので、最後に記録しておきたかった。

自分にとっては、住宅都市整備公団の9000系というイメージが強く、今でもこのワードで検索してしまいがち。

公団2000系でもなく、9000系なの。

初期の頃は、北総開発鉄道7000系と共に、短絡線を通り松戸まで運用されていたこともあった。

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北総開発鉄道7000系と比べ、地味であったが、個性的で、標準仕様の電車が多い昨今では、見どころが多くて楽しめる電車でもあった。

改めてみると、1980年代のテイストが色濃く反映していて、古さを感じる面も多い。


ところで、代替は9200系で行われるのかと思っていたら、京成3700系とのこと。リースなのか譲渡なのか知らないが、北総鉄道で見られる手法である。何らかのメリットがあるのだろうが、こうなると、9200系を1本新造した理由が分からない。

北総鉄道といい、この千葉ニュータウン鉄道といい、京成電鉄との関係は、ややこしい。


車両も路線も、いっそ、京成電鉄にすべて吸収するのではダメなのかしら。

小田急ロマンスカー

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本日、天気が良かったので、開成、富水で、小田急ロマンスカーを撮影した。

沿線住民にとって、見慣れた被写体だが、それでも、撮影が上手く決まると、充実感を味わうことができる。

LSEにはこの塗装の方が似合う。白から戻してもらって良かった。

LSEも残すところあと1年だ。冬の、柔らかい光線が、LSEを優しく包む。

EXEは更新が始まった。αは3月から営業を始める。

京成3500系 未更新車と更新車

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京成3500系のうち、未更新車が引退するので撮影してきた。

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往年の京成の雰囲気を今に伝える貴重な車両だ。"寅さん”にも、友情出演したことがある。

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今回引退する編成はオールステンレス構造なので、今後の使用にも充分に耐えうると思うが、京成線上から姿を消す。

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ところで、3500系といえば更新車がデビューした際の驚き。

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まるで別の車両のごとく生まれ変わった姿を見て、びっくりしたのを今でも覚えている。ちょうど、JR西日本が103系や113系などに対しN40を施工していた頃だったが、しかし、3500系のそれは、ステンレス車体であるにも関わらず、フロントマスクや、側面の窓構造を変えてしまった。

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加工の難しさから、ステンレス車の場合、大規模な工事が避けられることが多い。東急8000系も、更新時に外観はさほど変わらなかった。


そんな常識、固定観念を、この3500系更新車は覆してくれたのである。

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話しが逸れたが、筆者は更新車登場後、未更新車に対しやや軽蔑した感情を抱くようになった。早い話し、更新車よりも劣って見え、未更新車の良い部分を見出せずにいた。

しかし、大規模更新なしで30年強の運用に耐えてきたのだから、名車と言えよう。

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月末のお別れ運転時にはぜひ、赤帯のみの姿に戻してもらいたいものだ。


(この春は、3500系未更新車のほかにも、東京メトロ01系や、都営10-300R系など、身近な車両が引退する。新幹線や新線開業がないので、例年に比べ穏やかな春になると思っていたのに、そうでもないナ)。

箱根登山鉄道 モハ110 引退

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箱根登山鉄道モハ2型モハ110号が引退するのにあたり、旧塗装に復元されたので、撮影してきた。引退は2月12日。昨年のうちから行こう行こうとして、なかなか行かず、直前になってしまった。

このカラーリングは、以前モハ108に対しても行なわれたことがあり、その際に撮影したことがある。昭和20年代の配色にしては明るい。

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ところで、モハ110は両運車なので使い易く、しかも新性能化されている。なので、もう少し活躍を続けても良さそうに思えるのだが、近々 “アレグラ”2両固定編成が入線予定なので置き換えられるみたいだ。



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帰りに、LSEも撮影した。

都営10-300R系 FINAL RAN

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都営新宿線の10-300R系が引退するという。

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10-300R系は、新宿線のATC更新に対応すべく、先頭車のみ新調した編成だ。ちょうど、山手線や京浜東北線のATC化の際に、編成中のクハ103のみ高運車に差し替えられたことがあったが、その出来事と似ている。

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10-300R系は、先頭・中間共にステンレス車なので、編成美は保たれており、新旧混在の違和感や拒絶感はない。10-300系の先頭車と共通に見えるが、特に運転台がアナログチックで、似て似つかぬ造りとなっている。

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アナログでまとめられている点は、他社への譲渡には有利である。経年は、僅か10数年と、廃車にするには惜しく、電装し、2連に再構成して、新たな活躍の場を見出して欲しいと思うが、1372ミリゲージが災いしたのか、他社での再起は叶わなかった。

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もっとも、中間車との経年差については、初めから考慮されていたそうで、短期間の使用を前提としていたとか。新系列車は強度ギリギリに製作されていて、改造に耐えられないケースもあるそうで、廃車はやむを得ないのだろう。



毎度のことだが、都営10-300R系は、最寄り駅を走る身近な形式でありながら、引退と聞いて、慌てて記録する始末。ハードディスクを漁れば、恐らく1カットぐらい画像が出てくると思うが、ヘッドマークが付いたそうだし、最後に改めて記録した。

これが115系 新潟復刻色

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ついに、ウワサの115系が出場した。新潟復刻色だ。

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コイツは、いわゆるウソ電だが、悪くはない。すんなり受け入れることができたのは、配色が似ている167系修学旅行色の例が、既にあるからか。115系はどんな色に塗られても似合うナ。

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115系の新潟での活躍も、あと数年だろう。

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筆者は、リバイバルカラー企画にメがない。今度じっくり新潟に行き、この編成を写そう。

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友人経由で配給のスジを入手できたので、撮影することができた。撮影できて嬉しい。

上毛電鉄 デハ100型

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いつか写してみたいと思いつつも、なかなかその機会に恵まれなかった、上毛電鉄デハ100型を撮影することが出来た。

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合わせて、大胡電車庫の新春イベントにも参加した。

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上毛電鉄を撮影に訪れるのは、18年ぶり。700型がちょうど搬入された頃のことで、350型が主力だった。ワンマン化もされておらず、車内を車掌が行ったり来たりしていたのを覚えている。その車掌の接客態度があまり宜しくなく、若い運転士が車掌に委縮していて、ある駅を危うく過走しそうになっていた。だが、車掌にしてみればワンマン化で今の仕事を奪われるわけだから、彼の面白くない感情も理解出来なくはなく、態度だけで評価できないなと、思ったのを覚えている。

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そんな思い出がある上毛電鉄だが、その後、乗り潰しのため全線通しで乗ったことがある程度で、撮影するのは、本当に久しぶりだった。

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今回改めて見てみると、係員の接客が良く、とても気持ちが良い。車内へ持ち込む自転車も、多い時では3台あった。自転車だけだと行動範囲が限られるが、列車と組み合わせることで、可能性が拡がる。地域に密着している印象。

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デハ100型は、よく整備されていて、クラシカルどころか、近代的な印象すらする。吊り掛けモーターも軽やかだった。車内は満員で、デハ100型目当てに、多くの人が集まるのだから、立派な観光資源だ。

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自分にとって、京王3000系は高校時代の通学に毎日利用していたとても身近な電車なので、コイツを前にすると、群馬にいる気がしない。車内のデコラが張り替えられていて、快適だ。昭和1桁生まれのデハ100型がいるので、古さなどまるで感じないが、700型も経年50年だ。

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上州といえば、からっ風。これだけは昔と変わらず、沿線で列車を待っている間、強い風に悩まされた。



元日は富士山をバックに 伊豆箱根鉄道 イエローパラダイストレイン

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伊豆箱根鉄道駿豆線で撮影してきた。お目当ては、“イエローパラダイストレイン(YPT)”。

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1300系・1301Fの運用は公式HPに掲載されているので、狙いやすい。元日に訪問したら、「謹賀新年」のヘッドマークが装着されていた。(通過直前に保線の方に退避していただいた。お仕事中なのに、ありがとうございました。)

自分にとっての西武新101系は前面窓回りが黒のイメージが強いので、違和感を覚える。

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駿豆線で不思議なのは、3編成分だけ西武の譲渡車枠があって、中古で賄われている。傍から見れば、3000系や7000系で統一出来なくもなさそうだが、かなり以前からこの手法が続いている。今後、西武鉄道から3扉車の供出がなくなると、どのような形を採るのか、気になるところ。

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オリジナル3000系も、経年40年になろうとしている。標準品で構成された手堅い設計で、外観を見る限り、綺麗な状態を維持している。

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合わせて、185系の撮影も行なった。

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親戚が伊豆長岡に住んでいて、185系のデビュー当時、「乗りたい、乗りたい」とせがんだのを覚えている。あれからおよそ30年の月日が流れ、自分の185系に対する印象も変わったが、登場時は本当に斬新な電車だった。小田原から駿豆線までのアクセスには、“踊り子”を利用。自分はもちろん、大人になり、自分で“踊り子”に乗れるようになった。車内で幼少期の思い出がよぎり、相模湾の青くて眩い海を見ながら、楽しい道中だった。MT54の心地よい音が、感傷に色を添える。

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美しい富士山をバックに、撮影はストレスなく進み、今年1年、良い年になりそう…そんな元日だった。



LSEロマンスカー “NEW YEAR EXPRESS”

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1年に一度、最寄り駅にロマンスカーが停車する。

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大晦日~元旦恒例の“NEW YEAR EXPRESS”を撮影してきた。参宮橋に停車する“NEW YEAR EXPRESS・2号”には、7000型ロマンスカー・LSE車が充当されるのだから、これだけで充分絵になる。

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いつか写そうと思いつつ、毎年後回しにしてきたが、新型70000型ロマンスカーの導入が発表され、LSEによる“NEW YEAR EXPRESS”が見られるのも、今度の大晦日が最後となりそう。

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参宮橋着発の特急券が発売されるのも、大晦日ならでは。小田急の特急券には車種が入るので、良い記念になる。

EF81-81+12系 東北本線 “懐かしの急行列車”

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東北本線に、かつての客車急行を想わせる臨時列車が運転された。

本運転はあいにく都合がつかなかったが、送り込みの回送列車を撮影することが出来た。

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ロイヤルエンジンは、何を牽いても似合う。

ローズピンクのEF81と12系客車の組み合わせは、シンプルだが、素晴らしい。

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なお、高崎線内は、EF60-19が担当した。

いずれの列車も、国鉄時代を見ているよう。

ステンレスの電車ばかりになった現代において、時代が30年ばかり遡ったかのような感じがする、不思議な1日だった。




E001系 “トランスイート四季島”10両 中央東線試運転

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中央東線で、“トランスイート四季島”10両編成の試運転が行われたので、撮影してきた。

話題の車両だが、平日なので、撮影場所の確保は比較的容易で、落ち着いて撮影できた。

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E001系をよく観察してみると、E26系と285系を合わせたようなスタイルをしている。

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ゴールドのボディカラーは周囲に溶け込みやすく、特に曇りの日は、せっかくの被写体が映えない。前面上の天窓には、架線のビームが映り込みやすい。…このように、撮影の際は、なかなか配慮がいる。カメラマン泣かせのモデルだ。

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全国各地への運転を可能にすべく、あらゆる保安装置、あらゆる電源に対応している。意欲作だ。


だが、乗るには、大枚をはたかなくてはならないみたい。自分は、撮影を楽しむことにしよう。

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“四季島”と合わせて、E233系2000番台長ナノ入場の配給も写すことができ、今日の中央東線は、なかなか充実していた。

タクフェス第4弾 “歌姫”

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タクフェス第4弾 “歌姫”を観てきた。

舞台を観るのは人生で初めて。

大好きな酒井美紀さんが出演されており、それが目的。アフタートークショーに酒井さんが出演される回を選んだ。

酒井さんが、これほど近くにいる。

テレビで見るのと同じで、素敵だ。

戦争で亭主と生き別れ、再会するシーン。彼女は感情を込め、心底役になりきって、涙ながらに演じる。

ほかの演者も、観客も、その涙に、誘われてしまう。芝居が現実になる。芝居を観ている気がしない。ストーリーに完全に引き込まれてしまう。

この作品は、宅間孝行さんが作、演出を手掛けられているのだが、俳優陣の演技もさることながら、ストーリーや全体の完成度が最高で、心から楽しめた。

終演後の挨拶時に、「観客の皆さんが足を運んでくれるから、我々俳優は、こうして芝居を打つことができる」と仰っていた。

しかし、当方にしてみたら、それは逆。

こうして素晴らしい舞台を披露してくれるからこそ、日常の嫌なことを忘れられ、明日への原動力になった。

舞台の余韻が今なお残っていて、その後、楽しい毎日を送っている。

観て良かった。

動画が配信されているので、観劇後に繰り返し観た。

でも、やっぱり劇場で観るべきだ。映像では、芝居のすべてが伝わってこない。

今週、仕事を調整して、東京公演、もう一度観たいと本気で思っている。

画像は、撮影タイム中に写したひとコマ。せっかくなのに、酒井美紀さんと入山杏奈さんがいないのが残念だ。

近江鉄道820型 赤電塗装

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ご覧ください。まるで、西武の旧性能車と新性能車の並びを見ているかのごときシーンでしょう?

かつて、西武の支線で見られた光景が、いま、近江鉄道で再現されています。時刻表と運用表を照らし合わせて、この夏の撮影行のいちばん最後にモノにしたカット

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開業100周年を記念して赤電塗装に変更された、近江鉄道820型を撮影してきた。

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820型は、元西武401系である。800型は近江入線に際し前面形状を変更されたのに対し、こちらは、西武時代のまま。そのため、今回の復元により、西武の旧性能電車を見ているかのようだ。

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820型は2編成しかないので、並びは、カンタンそうに見えて、実はなかなかチャンスがない。

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現地入りしてみると、赤電はすぐに入庫してしまい落胆させられたが、午後、ローテーションと異なる運用で出庫してくれたため、チャンスに恵まれた。2日間、可能な限り赤電を追いかけた。

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床下から聴こえてくるAK-3のコンプレッサといい、「電車」としての魅力を余すことなく持ち合わせている、いま、日本でいちばん素敵な電車に思える。

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西武の電車は、他私鉄への譲渡が活発で、彼の地で今なお活躍を続けている姿が見られるのは、羨ましい限り。

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820型は経年約50年である。近年、西武鉄道から新101系と3000系が入線したが、置き換えられる気配がないところを見ると、使いやすいようだ。

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ところで今回、五箇荘に16年ぶりに下車した。当時、やはり赤電に復元されたモハ1型を写しに訪れている。16年という月日が流れているのに、撮影ポイントは、当時と変わっていなかった。

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河原のポイントに向かうには、川の細い流れを越える必要がある。当時、上手く飛び越えられず、靴をビショビショにしたまま旅行を続けたことを思い出してしまった。人間とは不思議なもので、意識してしまうと、それまで出来たことが、急に出来なくなってしまう。


さて、今回は…といえば、無事、飛び越えることが出来ました。まだ、若いじゃん!自分。

迫力十分! 関東鉄道の臨時列車

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花火大会開催に伴う、関東鉄道常総線の臨時列車を撮影してきた。

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つくばエクスプレス開業による編成短縮で、今では定期で4連列車を見ることができなくなってしまったので、長編成を写すことができるのは、夏のこのタイミングぐらいである。

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特に、日中はほとんど運用されない0型・310型まで総動員され、旧型車による4連が運転されるのだから絶好のチャンスで、是非この夏こそは写してみたいと思っていた。

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当日撮影していると、送り込みの列車は、守谷手前で機外停車し、ホームが開通するのを待っているシーンが見られた。臨時列車は定期列車の続行で、その頻発運転ぶりと合わせて、さながら都心の路線のようだ。これが気動車列車によるのだから、全国でも珍しい光景ではないだろうか。

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首都圏は、標準化されたステンレスの車両ばかりとなる中で、こうしたオリジナルの形式が活躍していることに、ホッとさせられ、いつまでも撮影を続けたい気持ちになる。

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日が暮れるまで、撮影した。

小湊鉄道を写しつつ、筑波鉄道を偲ぶ

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いつも乗るだけで、沿線での撮影をしたことがなかった小湊鉄道を撮影しようと、千葉に向かった。

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キハ200型だけでも、充分に被写体になる。効率を考えると、五井口の方が運転本数が多いが、“里山トロッコ”がラインナップに加わったことを思い出し、養老渓谷まで行くことにした。

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駅周辺にはコンビニはおろか、自動販売機すらないが、日頃の生活に疲れている者にとって、たまにはこういうのんびりとした時間を過ごすのも良い。列車を待っている間も、案外退屈しなかった。キハ200も、トロッコも、思い通りのコマが得られて満足。

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筆者は、筑波鉄道が自分にとって縁があったにも関わらず、まともに記録出来なかったという悔いを抱えている。

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その点、小湊鉄道も同じだ。ローカル私鉄が好きであるにも関わらず、ほとんど撮影していない。筑波鉄道とムードが似ているのに、過去の反省が活きていない。

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走っているキハ200型は昔と変わらないスタイルだが、50年選手だ。いつ置き換えられても不思議ではなく、もっと沿線に足を運ぶべきだと、認識した次第。

東日本の415系1500番台

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この春、JR東日本の415系1500番台が定期運用を終了した。415系の中ではいちばん新しいロットなので、経年を感じさせないが、デビューから30年弱が経つ。引退もおかしくない。

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ところで、415系1500番台ほど、オリジナル番台とここまで姿かたちが大きく異なる形式も珍しい。他に思い付く例と言えば、103系初期と1500番台、西武101系と新101系、京王3000系片扉・両扉車などの関係があるが、いずれも、車体の材質は同一である。

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対する、415系1500番台は、ステンレスボディとなり、造形も、113系と211系ほど異なるのだから、見た目は完全に別形式だ。

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415系は大好きな電車だが、筆者は1500番台を415系として捉えておらず、銀塩時代はカメラを向けることが少なかった。車内も、11人掛けロングシートが並ぶだけで、殺風景な感じにしか思えない。

仙台近郊で継続使用出来そうだが、転配されることなく、廃車されるそうだ。旧北陸本線の第三セクターがこの電車を欲しがりそうだが、その動きはない。60Hzに対応していないからか。

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交直流電車は高価だが、常磐線系統のそれは、30年弱で廃車される傾向にある。401系は20年強で全廃されてしまったし、415系も、直流電車よりも早く廃車を迎え、経年30年を越えた車両は少なかった。並行新線の開業がなければ、ひとつ先の検査周期まで活躍が見られたかもしれない。

東京メトロ6000系 小田急小田原線新宿口入線 2016/06/21

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本日、東京メトロ6000系6017×10が、小田急新宿口に入線しているのを目撃した。

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6000系が初めて新宿に入線したのを見たのは、まだ営団時代だった。当時はすごい光景に映った(2002-10-5 南新宿駅)。

しかし、今では常磐緩行線のE233系2000番台が小田急に乗り入れてくる時代になり、メトロ6000系の新宿入線シーンも、さほど目新しくはない。

ただ、6000系はここにきてかなり数を減らしている。6017×10も先は長くないと思われ、もしかすると、最後の新宿入線になるかもしれない。

小田急30000型EXE 20周年記念装飾

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小田急30000型ロマンスカー・EXEがこの春20周年を迎え、記念装飾が施されている。デビュー当時を知っているだけに、20周年と聞くと、早いものだ…と感じてしまう。

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EXEのデビューと合わせて、特急の分割併合運転や、“スーパーはこね”が新設された。町田には分併のため、分割併合装置の新設まで行われたあたり、意気込みを感じた。

しかし、鉄道友の会のブルーリボン賞受賞見送りという評価を受けてしまい、歴代ロマンスカーの中で、やや浮いた存在になってしまった。その後、側面の窓枠が洗車機のブラシにより擦れ、外観と同じ塗装に塗り潰されてしまい、グレードダウンしてしまった感が付きまとう。

だが、車内はEXEがいちばん落ち着く。ロマンスカーのヘビーユーザーの中で、EXEのアコモに対する評価は高い。

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そんなEXEだが、この春、10連1本が日本車輌に入場した。恐らく更新のためだろう。どんな姿になって出場してくるのか公式発表されておらず、その分楽しみである。

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上の写真は、デビュー前の試運転時のもの。“あしがら”を表示しているが、試運転列車で、運転台に多くの係員が添乗している。当時は、まだ通過表示灯が使用されていた。撮影場所は、代々木上原3号踏切で、現在は地下化され、廃止されている。

こう見ると、改めて20年という年月の流れを感じる。

美しき、カシオペア

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“カシオペア”を撮影した。

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“北斗星”を狙っていた頃は、二番煎じのように思っていたが、いざなくなると思うと、撮っておきたくなる。

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特に、青ガマなきあと、銀ガマとの清一編成が確実に狙えるようになったのも、積極的になる理由の一つだった。


結局、“北斗星”の頃よりも熱心に、前泊してまで撮りに行った。それも2回も。

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上り最終日は、人出と曇天で、仕上がりは最初から目に見えていたが、それでも有名ポイントに足を運んだ。レチさんが窓から大きく手を振っていたのが印象的だった。

自分、無意識のうちに、“カシオペア”を好きになっていたらしい…。

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1980年代にはすでに斜陽化していた寝台列車だが、90年代後半になって、“サンライズ”の285系と、“カシオペア”のE26系が新造されたので、バリエーション展開を期待した。しかし、それは思わせぶりのままとなる。

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“カシオペア”も、結局1本のみの臨時列車のままで、稼働日数の高いジョイフルトレインのような位置付けだったが、1人では利用しづらく、乗車することはなかった。

北海道へは、なぜか列車で訪れたくなる。旅行の地に北海道を選んだ時点で、気持ちに余裕があるため、現地入りを急ごうとしない。だから、多少制約があっても、まず、“北斗星”や“カシオペア”利用を考えてしまう。

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この春、そんな楽しみの選択肢が消えてしまった。

さようなら 急行“はまなす” 最後に会えてよかった

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この春のダイヤ改正で、ED79型牽引の定期旅客列車が廃止となる。

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ED79型と言えば、青函トンネルを象徴する機関車だが、今まで満足に撮影したことがなかった。最後にどうしても“はまなす”を記録しておきたいと思い、会社帰りに新幹線で青森まで向かった次第。

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結果、期待したほど朝陽が当たらなかったが、最後にどうにか、赤い機関車と青い客車の組み合わせを記録することが出来て、嬉しい。夜中の3時から寒い田んぼの真ん中で、一時は気が遠のきそうにもなったが、同好の方とお話ししながら列車を待った。

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来た甲斐があった。

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夜汽車がなくなろうとしているが、青森駅で発車の風景を見ていると、夜行列車が入線中のホームは、旅情たっぷりで、ホームにいるだけで満ち足りた気持ちになる。

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“はまなす”には一度乗ってみたいと思っていた。見ていると、あやうくデッキに吸い寄せられそうになる。そんな誘惑を断ち切りつつ、去りゆく列車を見送った。

思う存分 LSE!

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前回に引き続き、その後もLSEの“スーパーはこね”を撮影している。今回は、箱根登山線内で撮影してきた。

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また、富士山バックの構図も狙ってみた。

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それにしても、沿線に住んでいながら、これだけ集中的にLSEを撮影したことは、今までなかった。冬の柔らかい光線に美しく照らされた、ボディの赤が印象的だ。

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HiSEと塗装が合わせられた時代があったが、LSEには、やはりデビュー当初からのこのカラーの方がしっくりくる。HiSE引退時に、LSEは元の塗装に戻されたのだが、その選択は正解だった。

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小田急はここ10年ほど、変化が大きく、まるで別の鉄道会社のようになってしまった感がある。そんな中、LSEは、今でも往年の雰囲気を漂わせており、見ていて落ち着く。

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こんな魅力的な被写体が、身近にあったことを忘れていた。

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今後も、休みの日は積極的にLSEを狙おう。

LSE “スーパーはこね”に充当される

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VSEの代走で“スーパーはこね”に充当されるLSEを、仕事の前後に撮影した。

“スーパーはこね”は、新宿―小田原間ノンストップで、往年の“はこね”に相当する。運転本数が限られており、ステイタス列車だ。優先的にVSEで運用されている。だが、残念なことに、VSEには前面愛称表示がなされないため、撮影しても、それがステイタスシーンであるというインパクトに欠ける。

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一方、LSEには前面愛称幕が装備されている。だから、LSEの“スーパーはこね”は撮り応えがあるのだ。1本撮影しただけでも、すごい満足感が得られる。

余談だが、LSEは、2・10号車の先頭車寄りに集電装置を有する。これが曲者で、撮影に難渋する。というのは、車体が低重心なので、その分パンタの上昇幅が高く、画面いっぱいに車両を取り込もうとすると、パン切れを起こしやすいのだ。アームの向きが中間側を向いているので、集電シューは思いのほか前に寄る。そのため、前パン列車を撮影するのと同じ感覚で臨む必要があるのだ。これが菱形の頃はまるで気にならなかったが、シングルアーム化後、急に苦手意識を感じるようになったのだから不思議だ。

ごきげん富士山! ドクターイエロー

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富士山をバックに、923型“ドクターイエロー”を撮影してきた。

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現地に3度足を運んで、やっと満足できる構図が得られた。冬は晴天率が高いが、雲の動きに左右されやすい。“ドクターイエロー”の運転日に、必ずしも雲ひとつない晴天に恵まれるとは限らず、気軽に考えていたが、甘かった。


リスク回避のため、EOS7DmarkⅡとEOS50Dの2台体制で臨む。そのため、シャッターはレリーズケーブル&ノーファインダー。EOS7DmarkⅡは秒間10コマなので、切り位置に対するストレスはだいぶ減ったが、それでも、相手が新幹線、しかも真横からの構図では、先頭部が思う場所に収まってくれるとは限らず、こればかりは運任せだ。

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特にこの冬は暖冬で、11月下旬の富士山には冠雪せず、ご覧のとおり物足りなかった。

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700型が、2019年度には東海道区間から引退予定とのことで、同時に記録した。気になるのは、西日本の関連する動き。700型は、500型のように短編成化されて新大阪以西で活躍を続けるのだろうが、となると、500型が引退してしまうかもしれないからだ。

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このポイントでは、上下列車のすれ違いシーンを狙う人も多い。チャレンジしてみたがなかなかタイミングが合わない。

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現地までの往復には、岳南電車にもお世話になった。井の頭線3000系は、高校時代に通学で毎日利用していた電車なので、自分の中に違和感なく溶け込む。ステンレス車なので、経年を感じないが、製造から50年が過ぎようとしており、今後が少しだけ気になる。

お正月に写した私鉄特急

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小田急ロマンスカー・VSEに、干支のヘッドシールが掲出されたので、撮影してきた。

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言われないと気付かないほどだが、お正月らしいアクセントである。

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LSEは、初春の柔らかな陽射しに、赤が眩しいばかりに映え、とても美しかった。

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京成AE100型の臨時“シティーライナー81号”も撮影しました。

E231系小山車・U113編成 窓ガラス破損

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本日の宇都宮線3528E は、14号車のサハE231-3067の海側客用窓ガラスが破損した状態で運転されていた。

原因は不明だが、川崎で車内点検を実施して、7分遅れで運転された。

写真はさいたま新都心にて。撮影中も車内で、検修さんが作業していた。

京成AE100型 定期運用終了に想う

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京成電鉄AE100型が11月で定期運用から撤退した。

5年前まで、40分毎に運転されていたにも関わらず、残した画像は少ない。

なので、定期運用撤退と聞くと、どうしても今のうちに記録したいという心理が働く。週末、1往復しか走らないので、効率が悪いが、11月に入って、何度か京成沿線に足を運んだ。

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アクセス線開業後、寿命が残っていたAE100型のために、“シティーライナー”が新設された。しかし、成長しなかった。京成の有料特急利用者は、朝夕を除き、みんな成田空港指向であることを裏付けている。

近年の細々とした限定運用は、うがった見方をすれば、機能保全のためだったのだろうと察する。近い将来の羽田空港直通有料特急の設定を意識し、AE100型を維持しておきたかったのだろう。しかし、それも実現しないままとなりそうだ。

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京成スカイライナーと言えば、初代AE車廃車後の部品流用の例がある。

そのため、AE100型の廃車部品が再用されるのでは?…3400系か3600系の機器更新に流用されるのではないかと想像していた。だが、既に廃車になった編成から、その動きはなかった。

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また、AE100型の余剰編成が廃車されたころ、長野電鉄では2000系特急車の置き換えが行われようとしていた。なので、長電への譲渡も相応しいのではないかと、これまた想像していた。この場合、軌間が違うため、台車振替だけでなく、場合によってはメインモーターの交換まで伴うので、現実的ではない。

と、まぁ、筆者の想像なんか所詮は趣味人の妄想に過ぎない。

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初めて見たときのAE100型は、カッコ良かった。流線形と、貫通扉を設置しなければならないという、2つの条件をクリアした初の例だが、上手に処理されていると思った。趣味人にとって、なにもかもスマートにまとめられた車両よりも、こういう、どこか機能的な面が残っている車両の方が、好感がもてる。格納式のヘッドライトも初めての例だ。

後継のAE車は、貫通扉設置という制約がないにも関わらず、面長なフェイスなど、全体的にAE100型のフォルムを踏襲している。


AE100型は、浅草線乗り入れ可能にも関わらず、一度も営業運転されたことがない。車体長の関係で浅草線の出発信号機と干渉するのだそうだが、編成を6連に短縮してしまえば、解決しそう。

ここ数年、LCCの発達や、外国人観光客の増加で、成田~羽田間の直通需要は見込めると思われるが、直通は一般車による料金不要の列車しか設定されていない。

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だが、東急と西武が地下鉄を介して直通してしまう時代だ。浅草線直通約60年という歴史がある京成電鉄に、羽田空港直通のスカイライナー新設が、不可能なわけがない。

ぜひ期待したい。

南武線205系に粋な演出

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南武線205系に、粋なヘッドマークが装着されているので、撮影してきた。

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ヘッドマークというより、前サボといった方が相応しいかも知れない。


これが、列車の行き先ではなく、「車両」のこれからの行き先を表示している。

しかも、旧国時代のデザインで。

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センスとユーモアに満ち溢れた、傑作だ。

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南武線の205系も、間もなく引退だ。同線に205系が投入されたと知ったのが、ついこの間のように思える。

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ラインカラーには、黄色だけでなく、オレンジとブラウンが添えられて、明るいムードを醸し出した。

その後、総武緩行線や京浜東北線からの転入車が加わって、趣味的にも楽しかった。

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更に、103系が山手線からの205系捻出車で置き換えられた。この時、ワンハンドルの1200番台先頭車化改造も加わって、バリエーションが増えた。そのため、興味の対象には困らず、103系が消えた淋しさをまぎらわすことができた。

関西の205系はリニューアルされ、今後も継続使用されるのに対し、東日本の205系は、更新されずに廃車される。

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周囲に新系列車がこれだけ増えてくると、いくら回生ブレーキ付きとはいえ、205系も装備面で見劣りがするようになり、廃車という選択肢も、これはこれで妥当に思える。特に南武線はホーム有効長が6B分しか確保出来ないため、拡幅車体のE233系導入による輸送力増強は効果的で、評価出来る。

だが、205系のデビュー当初を知っている者としてみれば……廃車は早過ぎるという感の方が強い。

御岳登山鉄道

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ケーブルカーの記事が続くが、この夏、久しぶりに御岳登山鉄道を訪れた。ケーブルカーが更新されたので、見学したくなった。2008年に車体が更新され、2014年には、塗装が変更されている。

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御岳山山頂へは、JR御嶽駅~バス~ケーブルカー~リフト~徒歩というコースが確保されているが、ケーブルカー山頂から更にリフトが用意されているのが、特徴的だ。ゲージが、1049mm幅であるのは特徴というより、独自のものだ。

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ところで、ケーブルカーの多くは、車体は更新されても、駅や施設まで更新されるケースは少ない。都市鉄道と違い、旅客量の大幅な変化はないので、施設改良は必要とせず、結果、開業当初の風情を今なお残していることが多い。そのため、昭和30・40年代のテイストを、今でも感じることが出来る。しかも、それらは「作りモノ」ではなく、当時のままの趣きなのだから、実感的。

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10代・20代の頃はケーブルカーには見向きもしなかった筆者が、ケーブルカーに魅せられたのは、このあたりに理由がある。

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今夏の訪問時も、車両以外は以前のままだった。日常の嫌なことから開放された気持ちになり、落ち着いた。

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山歩きは趣味ではないが、ケーブルカーを訪ねて、山に向かうのは好きだ。

大山観光電鉄の新しいケーブルカー

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大山観光電鉄のケーブルカーが、新車体に更新されたので、訪問した。前回訪れたのが8年前だが、いつの間にか、駅名が変更されていたことを知る。

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のっけからいきなり余談だが、伊勢原から大山ケーブルまでの路線バスに、大山駅という停留所がある。「駅」と付くのでここが大山ケーブルの乗り場かと勘違いしそうだが、大山ケーブルの起点駅ではない。前述の大山ケーブルの駅名変更の際に、大山駅停留所も変更すれば良かったのに…と思うのは、筆者だけだろうか。

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新車体の開放的なドーム調の造りは、小田急ロマンスカーVSEと通ずるものがあり、小田急グループ全体で、共通のイメージを構築することに成功している。こうなると、江ノ電にも岡部デザインが採用されることを、必然的に期待してしまう。

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神社側には、非常用の通路が設置されていて、なんだか、ヨーロッパの登山電車のような面持ち。麓側と顔付きが異なるあたり、これまた、小田急ロマンスカーMSEの流線型と貫通型との関係に似ている。

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新車体にはバッテリー方式が採用された。そのため、架線は駅の必要最小限の有効長にしか張られていない。烏山線のEV-E301系と同様の方式なのだろうが、電車線のメンテナンスが削減出来るため、ケーブルカーのような短い区間には相応しい方式だと思う。

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だが、通信ケーブル等が張られているため、架線柱そのものは存置されており、撮影の際には制約が伴う。

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ところで、ケーブルカーには珍しく、大山ケーブルには、大山寺駅という中間駅がある。そのため、他のケーブルカーと比較し、撮影可能なアングルに恵まれている。

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気兼ねなく撮影したかったので平日を選んだが、当日は利用者が多く、ケーブルカーは10分ヘッドの頻発運転。アクセスのバスも臨時便が設定された。それにも関わらず、共に20~30分待ちだった。

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紅葉にはまだチトはやいようだが、大山は、都心からの気軽な観光スポットとして、人気のようだ。

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帰宅後、画像を整理していて、01と02とで、カラーリングが一部異なることに気付いた。01のアクセントがゴールドで、02はシルバーなのね。景色に溶け込んでしまうと違いに気付かないが、さりげなく変化をつけた凝った造りだと思う。恐れ入る。

JR東日本 E233系2000番台 小田急多摩線内試運転

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幼い頃、取手駅で小田急9000系を見た記憶がある。その記憶は、鮮明に残っている。

しかし、後年調べてみると、9000系が常磐緩行線に乗り入れた記録はないばかりか、保安設備の装備がないため入線不可だったと知る。結局、記憶違いという結論に達したのだが、幼い頃の記憶というのは、とても印象的なのに、事実と異なることが多いのだから、不思議だ。

今でも、「当時はコンプライアンスが今ほどではなかったので、遅延等で9000系は取手まで入線しちゃった」…と、自分の記憶を正当化しようとする自分がいる。ATCは動作するので、取手まで9000系が入線出来なくもない。国鉄の指導運転士が添乗し、営団の運転士がハンドルを握れば良い。

常磐線内で見た小田急9000系は清純で、ローズピンクやエメラルドグリーンの国電のムードとは、まるで異なっていた。


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前置きが長くなったが、所詮は妄想だ。もう止めよう。

E233系2000番台が小田急に入線し、試運転を始めた。どうも来春から三社直通を始めるらしい。

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ところが、E233系2000番台ときたら、これがまた、小田急4000系と共通であることから、小田急に入って来ても、澄ました顔をしているの。全然違和感がない。帯の色も同系統だ。

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小田急の風景に当たり前のように馴染んでしまい、珍しさも感じなければ、ファインダーにE233系が現れても、テンションが上がらない。小田急と常磐緩行線の車両が顔を合わせるのは、代々木上原では既に日常の光景なのも理由なのかもしれない。

E233系2000番台は、当初1本のみ投入されたまま、増備されなかった。その当時こそ珍しさを感じたが、その後増備が再開され、主力として活躍している。

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趣味人としては、「あれ?!なんでこんな所に、E233がいるの?!」…という意外性が欲しいのよ。半蔵門線の8000系が東西線を走っちゃったときのような。

これが、103系1000番台や203系の時代だったら、趣味的にどんなに楽しかったことだろう。「国電でございます」という、独特の個性があった。是非、小田急に乗り入れてきて欲しかった。

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今では、各線で直通運転が盛んに行われるようになり、受け手側も免疫が出来てしまっている。きっと、常磐線側で小田急4000系を見ても、何も感じないのだろう。


こうなると、小田急60000型MSEも、常磐緩行線に乗り入れられない理由はなくなる。“メトロはこね”が常磐線に延長運転されるのも、遠い日のことではないはずだ。

185系“踊り子”

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185系“踊り子”を撮影した。東大宮までの回送列車を見ているうちに、久しぶりに撮影してみたくなった。

185系は、「斜めストライプ」への原色回帰が進んでいる。

この、「斜めストライプ」がいいの。

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185系はデビュー当初、憧れた車両。

幼少期の自分にとって、185系は新感覚の車両に映った。伊豆長岡からの帰り、無理を言って乗せてもらったことを今でも覚えている。

シートが転クロだとか、メインモーターが国鉄標準のMT54だとか、ギアレシオが近郊列車を意識したものだとか、子供の自分に、一部に相変わらず手堅い設計が採用されていることなど分かる由もなく、新感覚の車両を丸ごと受け入れた。

でも、あれから30年が経過した今、こうして、原色回帰した「斜めストライプ」を見ていると、デビュー当時は、真っ白なオフホワイトに見えたが、実はややクリーム色を帯びている。グリーンのストライプも鮮やかに映ったが、現代の感覚からすればどちらかというと深みのある地味な色だったことを知る。

幼少期の記憶って、印象は強烈なのに、案外違うものだったりする。

165系急行“東海”が現役だったころ、東海道本線にはよく通った。

185系“踊り子”を狙うため、東海道本線沿線で久しぶりにカメラを構えると、本当に懐かしくて、気分が落ち着く。

中央東線で捻出されるE257系に置き換えられる話しもあるようだが、E257系にも「斜めストライプ」似合いそう…。

静岡鉄道 赤い運板の急行列車を追う

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静岡鉄道に行き、朝の通勤急行・急行列車を撮影してきた。

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急行系には「急」の特製運板が取り付けられる。これが狙いだ。平日朝のラッシュ時しか走らないので、前泊して臨んだ。

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優等列車は、急行灯が点く。

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LED全盛の時代、方向幕ですら珍しくなりつつある中で、種別板ときたものだから、急行デビュー(復活)当時は意外に思った。側面の切替式種別表示(今回は写真を撮り損ねた)は、小田急5000系4連口を思い出す。静岡鉄道は懐古主義なのだろうか。いずれも、懐かしいアイテムだ。

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運用を見ていると、急行がそのまま通勤急行として折り返すのではないため、種別板の装着は折り返しの都度となる。運転士さんにとっては負担となり、会社によっては、労働争議の際にダシにされそうな事案だが、運転士さんは協力的なようだ。

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東急7200系とイメージが似ているので回生車だとばかり思い込んでいたが、駅で客扱いの際に、床下から熱気が伝わってくるではありませんか。あらら、発電制動だったんですね。静岡清水線の運行頻度なら、回生失効の心配はさほどでもなく、現代の感覚なら回生ブレーキが当然選択されただろう。1012F・午後の紅茶は、カラーリングが、上田電鉄“まるまどどりーむ”を思わせてくれる。

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「静岡鉄道は懐古主義」と書いたが、今年になって、新型A3000系のデビューが発表された。1000系は大規模更新時期が到来しているのに、工事が施工されないことを不思議に思っていたが、更新なしで置き換えるようだ。「急」の特製運板も、うがった見方をすれば、置き換えが近付いていたので、初期費用を抑制するための措置だったと受け止められる。

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こうなると、1000系の転出先を想像したくなる。600Vの中小私鉄にとって、静岡鉄道1000系のスペックは、垂涎の的だろう。無塗装なので塗装工程は省略できるし、発電制動なので変電設備を心配することなく、思う存分電気ブレーキが使用できる。都市型ワンマンの路線なら、保安装置の変更だけで導入できるのだから、これほど良い出物はない。

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ここで、勝手に、静岡鉄道1000系の譲渡についてシミュレーションしてみたい。

譲渡の可能性としては、伊予鉄道と福井鉄道が高いと考える。

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福井鉄道は、300系で前例があるし、200型と輸送力が同等なので、経年50年の200型の置き換えに相応しく、興味を示しているはずだ。譲渡されるとしたら2編成か。ワンマン機器と軌道区間用にステップの設置が必要になろう。

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次に伊予鉄道。京王3000系で700系の全てを置き換えられなかったが、静岡鉄道1000系を9編成導入すれば、数字上は全車置き換えが可能である。静岡鉄道1000系は2連・非貫通なので、3連での運行は難しい。610系のように、朝ラッシュ時は4連で運用するとなると、10編成は必要か。改造は保安装置の交換のみで済むので、日比谷線直通車導入よりも、コスト面で有利である。伊予鉄道は、これで郊外線全車オールステンレス化達成だ。

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これで、12編成全車が譲渡されることになるが、別のパターンも想像してみよう。

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北陸鉄道石川線への譲渡も考えられる。石川線の7000系は走行機器の経年がいずれも高いので、置き換え時期だ。ただ、7000系はステンレス車なので、静岡鉄道1000系に置き換えるメリットは、前述の各社と比べ小さいため、あまり乗り気ではないか。

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案外、西鉄が貝塚線用として購入するかもしれない。600系は、貝塚線転入後に主電動機を新調しているが、それも20年前の話しだし、経年車だ。在籍10編成を静岡鉄道1000系によって置き換えてしまうのも考えられなくはない。大手私鉄が、他社の中古車を導入するだなんて、プライドが許さないかもしれないが、東急→名鉄の例があるぐらいだ。ここはプライドなんか捨ててしまおう。特に、貝塚線の場合、部品は東急や西武から調達した例があるし、抵抗はないはずだ。

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…以上、筆者の単なる主観のみで書いたことはお断りするものの、静岡鉄道1000系の、ステンレス車体・冷房車・発電制動という仕様に、他の中小私鉄が興味を示さないはずがない。中古600V車でこれほどの出物が現れることは当面考え難いため、600V線区は、車両置き換えのチャンスだ。前述の想像パターンも、どれか一つぐらい、実現すると思う。

今から楽しみだ。

小田急7000型・LSEと次世代展望特急の予感

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ロマンスカー・LSEを記録している。

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HiSEが先に廃車となったことから、VSEとともに、数少ない展望室付きとして、かつてよりも存在感が増した。

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カラーは以前の塗装に戻されたが、これによって、落ち着きを取り戻した印象。ステンレスボディの中で、赤が引き立って映る。

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現在、小田急ロマンスカーは、展望車の運行本数が限られているのは淋しい限りだ。EXEやMSEが中心なので、必然的に、展望特急にプレミアムを感じさせる戦略に出ている。

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だが、展望特急がスタンダードだった時代を知っている身とすれば、プレミア感どころか、むしろ、物足りなさばかりが込み上げてくる。

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かつての小田急は楽しかった。車種のバラエティーが豊富だった。

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2年後には、開業90周年を迎える。60周年の際にはHiSEが、70周年の際は、記念に“ゆめ70”が就役している。

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なので、90周年を機に、新型特急車のデビューを期待してしまう。

ゆりかもめ

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船の科学館で“ゆりかもめ”を撮影した。

撮影したのはほんの僅かな時間だったが、シルバーウィーク期間で頻発運転中だったため、撮影するには効率が良い。

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“ゆりかもめ”は、地味な印象があるが、乗車していると、ATOによる無人運転や、レインボーブリッジでの自動車との並走など、“ゆりかもめ”ならではの個性的な魅力があり、なかなか面白い。

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7300系の増備と引き換えに、開業当初からの7000系(中段画像)が置き換えられるそうで、カメラを向けるには、良いチャンスだ。

国鉄通勤型電車 万歳!!

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この夏、関西に行き、国鉄型電車の撮影をしてきた。

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関東では新系列電車が幅を利かせていているが、関西では温もりを感じる国鉄型電車が活躍中なのはうれしい限り。奈良線・和歌山線では、今回初めて駅間で撮影してみた。お目当ての、105系春日色を撮影できて、ニンマリ。

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カメラを向けていて、楽しく、線路沿いで何時間待っていても飽きなかった。

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なお、103系3500番台・3550番台の画像は、昨年のゴールデンウィークに撮影したもの。全M強力編成の加速は鋭く、中高速域の加速に難があるという103系のイメージを、見事に裏切ってくれる。

“くろしお” 381系の引退について想う

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この秋、381系が、“くろしお”と北近畿地区の運用から離脱するそうだ。そのため、先日阪和線で103系の撮影と合わせて記録した。

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特に、“くろしお”は、紀勢西線電化当時から381系が運用されていて、振子電車としての特性を発揮する運用だったが、筆者の381系の乗車経験は数えるほどで、紀勢西線での乗車は、わずか一度のみである。

振子電車ということで、381系には乗り物酔いのイメージが付きまとう、国鉄特急の中でも変わった評価の持ち主だが、着席している分には振子式であることを意識させられることはなかった。381系はむしろ、国鉄標準化の例外として、特殊仕様を多く盛り込み在来線特急の高速化に寄与した意欲作であるという面で、筆者はこの電車を評価している。

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だが、後継の287系は振子式が採用されなかったのはご存知のとおりで、高速性よりも快適性を選択するようになった。今にして思えば、日本人は何をそんなに急いでいたのかと思うが、特急列車なのだから、スピードを追求するのは当然だ。特に、阪和線といえば、戦前の阪和電鉄時代、モヨ100による韋駄天ぶりが伝説となっている路線だ(関係ないか)。

振子車両による高速化は、日本の在来線鉄道技術の集成であり、近年の紀勢西線や宗谷本線での振子式不採用は、技術の停滞を意味しているように映り、残念に思うのは筆者だけだろうか。

“くろしお”で見られた季節増結の6+3=9Bは、かつての房総特急でも見られた編成で、当時を思い出させてくれた。最後に一度記録したかったが、叶わなかったのは残念だ。

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北近畿地区での運用は、183系800番台廃車後、北陸特急681系捻出までのショートリリーフだったが、381系のふくよかなフェイスに、上品な図柄のトレインマークが似合っていた。