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zoom RSS 京葉線 東京開業のころ

<<   作成日時 : 2010/01/14 19:26   >>

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この春、京葉線が東京開業20周年を迎える。早いものだ。

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筆者は京葉線が大好きだった。東京湾を目の当たりに、ダイナミックな光景が繰り広げられ、都心の路線とはまた違った雰囲気が味わえる。高架区間は東京湾からの風が吹き付け、冬は寒くて仕方がないこともあるが、季節の良い頃は、開放的で心地良い。

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新木場暫定開業の頃はまだ中学生だったが、有楽町線経由で何度も京葉線に足を運んだ。当時、日中の列車は京葉線も6連で、夕方になると、新習志野で附属編成を増結していた。数年後には終日10両編成での運転になり、せっかく装備された103系の電連も、やや持て余し気味だった。

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東京開業を睨み、数か月前から訓練運転が開始され、新木場発着の列車は東京まで運転され、東京駅で折り返していた。

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京葉線は、首都圏初のATS−P区間であり、京葉線で運用される車両はもちろん、TDR臨など、京葉線に乗り入れる車両もATS−P装備車に限定されていた。そのため、京葉線とは遠くかけ離れたイメージの、青森区に所属の583系などにもATS−Pが設置された。最近の車両はコンソール内に埋め込まれている例がほとんどだが、当時のATS−Pは改造で取り付けられた車両が多く、ATS−P表示灯に目を見張った。

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また、クモハ103は艤装スペース確保のため正面の運行番号表示器が埋め込まれたり、運客仕切上部に関連機器が追設されるといった、苦心の様子が伺えた。京浜東北線などでは、10両編成の中間に組成され、先頭に出ることがなかった低運転台車も、京葉線では付属編成で大活躍し、AU712による冷房改造に、新車と見紛うばかりの車体更新を受け、一時は後期製造のATC車グループよりも状態が良く、筆者は好んで付属編成を選んで乗ったものだ。

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一方で、高運転台のATC車は、ATS−P取り付けと同時に、ATCが撤去された車両がほとんどで、外観からするとATC車なのに、それが付いていないことに物足りなさを覚えた。

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東京開業に備え、205系10連×12本が配置された。東京−潮見間が長大トンネル区間となるため、前面貫通扉を有する207系がいよいよ本格的に製造されるのでは…と期待していたが、結果は前面に多少アレンジを加えた205系の増備という、無難な結果となった。当時、JR東日本はまだVVVF車を本格採用していなかった。国鉄時代の207系900番台の成績が期待以下だったことと、量産コストの兼ね合いで、VVVF車がまだあまりもて囃されてはいなかった頃の話しである。もし、京葉線東京開業の際に207系が調達されていたら、先般廃車となった207系900番台の扱いも、また違ったのではないか。

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東京開業時には快速などの優等列車も設定された。武蔵野線からの乗り入れ列車も快速運転となり、停車駅が多岐になった。しかも、平日と土休日とで停車パターンが異なり、とうとう停通事故が発生するにまで至った。そのため、運転台に停車駅を警報する機器が設置された。この装置は今でも、201系や205系に見られるが、TIMSなどモニタ装置が充実した昨今では、やや仰々しく映る。そして、現在では平日・土休日における停車駅の差が見られなくなった。

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京葉線東京開業といえば、新たに用意された“シャトルマイハマ”も思い出である。165系3連が特別仕様に改造され、東京−西船橋間で運用された。車内は乗降短縮のため、映画館の跳ね上げイスが採用され、車両ごとに、ブルー、イエロー、ピンクとカラーリングが異なっていた。東京−舞浜間では車内は大変混雑する一方、舞浜を過ぎると車内はガラガラになるのが特徴だった。この列車は長くは続かず、“シャトルマイハマ”の165系は波動用となってしまった。

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余談だが、ブログを始めるようになり、今までに何度か“シャトルマイハマ”の画像を必要としたが、中学生だった当時、“シャトルマイハマ”のお気に入りのコマのネガを福岡県の文通相手に譲ってしまい、現在になってブログ記事に掲載出来なくなるという事態に見舞われている。これもまた、思い出である。

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東京駅京葉地下ホームを語る上で忘れてはならないのが、発車メロディーのVerde Rayo。シンセサイザーを用いた独特のサウンドで、京葉線のイメージを形成した。当時はまだ発車メロディーすら珍しかった頃だったので、本当に斬新で、未来的な印象を受けた。Verde Rayoはその後、他の駅でも採用されたが、京葉地下ホームのそれは、地下用の独特のアレンジで、地下構造物の中にドーンと響き渡り、迫力が違う。

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当時は、103系など抵抗器が強制通風式の車両が多く出入りしていたため、そのファンの音に掻き消され、クリアなサウンドが楽しめなかったが、最近は車両から発せられる騒音が少なくなったため、メロディーを充分に聴くことが出来る。

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1992年から、外房線と内房線の特急が京葉線経由に変更となった。総武地下でさえ、東京駅での乗り換えが煩わしく思われるにも関わらず、それが京葉地下ホームに変更となれば、一般にはかなり抵抗があった。しかし、筆者は蘇我以遠に向かう場合、京葉線経由を常用するほど、京葉線が大好きである。

東京延伸の頃から、永らく103系と205系が主力であったが、そんな中で、武蔵野線から豊田区201系の6連が乗り入れてきた。この編成は、東京駅において、中央快速線ホームと京葉地下ホームの2箇所に乗り入れるという、面白い編成だった。しかし、武蔵野線の8連化に伴い、豊田区201系の武蔵野線運用は終了となっている。

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その201系だが、今度は京葉区103系の置き換え用として、中央総武緩行線から転入してきた。これがまた、京葉線転入にあたって用意された前面方向幕が白地に黒文字という、まるで201系試作車を思わせるスタイルで愛嬌を振りまき、同じスカイブルーの、京阪神緩行線用とは、また違ったムードを漂わせていた。中央総武緩行線時代は本線上では活用されなかった中間運転台も、転入後は外房線・東金線分割運用で先頭に出る機会を得ている。しかし、期待された900番台組み込み編成は、分割運用には充当されず、試作車が先頭に出る機会は、転入後も得られなかった。

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こうして、201系と一部山手区などからの205系によって、開業当初からの103系は置き換えられた。晩年は、DDM試験車が営業運転に供せられ、地味ながら、京葉線の103系は最後まで話題を提供した。後に、E331系が配置され、103系DDM試験車の配置は、京葉線におけるE331系の営業運転を睨んだものだったことを知る。

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そして、最近では103系を置き換えた201系に、一部廃車などの動きが見られるようになり、E233系5000番台の京葉線投入も公式発表された。また、中央総武緩行線から209系500番台、中央快速線からは201系10両貫通編成が転入してきて、車両のバラエティーがかなり賑やかになった。線区毎に車種を統一しているJR東日本において、京葉線だけは例外のようだ。結果、京葉区に所属する通勤型電車は、他線区への車両需給調整機能のような役割を果たす。E233系5000番台は、選択ドア機能か半自動機能が付くのだろうか。優等待避時における車内の保温のためにも、是非とも装備して欲しい。

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運行面について。近年では快速の停車駅パターンが整理され、海浜幕張以東では快速が各駅に停車するようになった。これは、一見サービスダウンのように思えるが、実はなかなか使い易いダイヤで、意外と便利である。沿線も、だいぶ成熟してきたように映る。

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変わったことと言えば、葛西臨海公園の観覧車が出来たことと、ディズニーランドに加え、ディズニーシーが開園したことぐらいか。舞浜リゾートラインも、京葉線東京延伸の頃にはまだなかった。

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そういえば、ディズニーランド利用客の姿は、今でも多く見られるが、“ザウス”利用者はほとんど見掛けなかった。“ザウス”…ご存知ですか?ご記憶ですか?南船橋の駅近くにあった人工スキードームのことです。これもまた、京葉線沿線の名所になるかと思いきや、利用者は多くなく、スキードームは解体されてしまった。筆者はスキーをやらないのでよく分からないが、考えたら、スキー板やスノボーを持って“ザウス”に行く人などまずいないはずで、実際は現地でレンタルしていたのだろう。これでは、“ザウス”利用者と一般客との見分けが付かないのも、無理はない。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
もう20年ですか〜
私がディズニーランドに行った時はまだ開業してなかったな〜
としおちゃん
2010/01/15 20:44
としおさん、コメントをお寄せ下さり,ありがとうございます.
そうですよね〜、京葉線開業前、TDLへは、地下鉄東西線〜バスルートが一般的でした。
ツキだっ!
2010/01/17 20:18
もう、20年ですか。
年取るわけですね(泣)。
MRK
2010/01/17 20:25
MRKさん,コメントをお寄せ下さり,ありがとうございます.

本当に,早いですね….20年って.
ツキだっ!
2010/01/20 18:45
どうも、こんばんは(^-^)
京葉線も東京までの開業20周年ですか。
結構早いですね。
けんまる
2010/01/26 22:11
けんまるさん、コメントをお寄せ下さりありがとうございます。
本当に、あっと言う間の20年でした。早い…。
ツキだっ!
2010/01/27 16:54

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