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<<   作成日時 : 2009/03/25 19:16   >>

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この春、伊予鉄道郊外線を訪ねた。京王井の頭線における1000系増備に伴い捻出された3000系が、伊予鉄道に入線することが公式発表され、今の姿をもう一度改めて見ておきたかったからだ。

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伊予鉄道郊外線は、筆者が大好きな路線の一つである。特に、梅津寺パークをバックに海岸線をのんびりと行く梅津寺付近のシーンは、楽しさばかりが集められた大好きな場所である。そんな伊予鉄道郊外線に、筆者が高校時代に通学で利用していた電車が走るようになるのだから、不思議な因縁のようなものを感じる。

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↑ 京王資料館に保存されているデハ2015号 制御器の一部は伊予鉄譲渡車に供出されている

今回の伊予鉄道訪問は、今まで何度か訪れているにも関わらず、あまり写真が残っていない800系の記録である。800系は、京王帝都電鉄2010系を譲受した形式で、3両編成6本が在籍している。製造初年が昭和34年なので経年は高く、前述の京王3000系入線によって置き換えられる。昭和30年前後に流行した湘南顔をした車両で、京王時代はそのカラーリングから“グリーン車”と呼ばれていた。

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伊予鉄道には何度か訪問しているが、こと800系に関しては、編成中間の増設運転台側ばかり写している。増設運転台側は700系(京王5000系)然としていて、湘南窓スタイルとはほど遠く、これでは800系の特徴を捉えた記録とは言えず、気になっていた。

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というわけで、大手町から郊外線に乗って横河原へと向かう。横河原線を行くのは12年ぶりのこと。列車は高浜線から直通するが、松山市を境に前途別列車として扱われるようで、「なおこの列車は引き続き横河原方面横河原線となります」…という車内アナウンスが流れる。松山市を発車して一つ目の、ホームが橋梁のトラスに食い込んだ石手川公園駅の姿を見て、前回訪れた際のおぼろ気な記憶が蘇ってくる。石手川公園駅は橋の上にある。

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乗車した列車は700系の2連。車体の清掃があまりよろしくなく、土埃に塗れた窓ガラスが西日に照らされ、汚れが強調されている。車内も、もう少し丁寧に清掃を行えば、印象もまた変わるのではないかと思われ、やや残念だ。

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横河原駅に到着。早速駅反対側の構内に行き、いま乗車して来た700系を撮影する。光線状態は抜群で、はるばる松山までやって来た甲斐があったと、ニンマリする。800系がやって来るまで待つことにする。幸い2本目が800系であった。

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しかし、入線して来た800系を前に、筆者は重大な誤りに気付く。なんと、光線抜群の高浜方は、800系2両編成の場合、増設運転台側となるのだ。ありゃりゃ、これはよく考えれば事前に分かったことで、失敗だ。横河原方は湘南マスクの2枚窓が先頭車となるが、生憎、西日が強くて完全逆光である。

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すなわち、横河原では晴天の場合期待した構図が得られないことが分かり、早めに切り上げ、古町駅構内での撮影に切り替えるべく移動。

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古町に到着し、順光となる上り列車を狙うが、ホーム上屋の影が車体に掛かるため、光線が落ち着くまで、車庫構内を外側から一巡し、留置車両を記録する。

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すると、構内には西日に照らされ輝いた800系が2本並んで留置中で、その美しさに、訪問子は思わず有頂天にさせられる。湘南マスクは50年ほど前の流行だが、造形に今でも古さを感じさせない。前面は折妻なので、前面中央を境に左右で夕陽の照らされ方が異なる。デジカメのモニタで画像を確認した際、最初は事情がよく飲み込めず、なぜこのような写り方をするのか、不思議に思った。これも、伊予鉄800系の特徴だ。

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こうして、古町車庫を見学するのは今回が初めてである。300系や600系といった形式が留置されていたそうだが、今ではその姿は既になく、過去に伊予鉄を訪れた際に訪問しておかなかったことが悔やまれる。300系は旧型車に見えて、実は空気ばね台車に履き変え、ブレーキも電気指令式化されるなど、なかなかハイスペックな形式であった。なお、モニ30形は写真のように現存している。

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ホームに戻り、各形式を記録する。光線は落ち着いたが、今度は露出が振るわず、撮影用クリップを用いてスローシャッターを切る。

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610系・700系・800系の各形式を撮影出来たため、この日の撮影は終了し、610系でホテル最寄駅まで行く。610系は車両メーカーが東武鉄道からの受注を期待し、見込み生産した車体を流用した風変りな生い立ちの形式だが、登場から14年になるにも関わらず、メンテナンスが良く、特に車内は新製時の状態が維持されている。

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翌朝は、大手町の平面交差で撮影。ここは、“ナニコレ珍百景”などのテレビ番組で取り上げられることも多いが、こうして現地に立つと、日常のごくありふれた光景の一つに映る。

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大手町の平面交差では今まで何度も撮影を行っているため1〜2本で済ませるつもりでいたが、楽しくて、結局は1時間ほど郊外線列車を写した。この時間帯はほとんどが3連運転なので、800系は上下いずれの方向とも、湘南窓の先頭車が組成され、日中に比べて制約が少ない。他に、700系2連×2の4連列車もやって来た。

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大好きな鉄道なので、悪い面をあまり書きたくないが、大手町の踏切において、高浜線上り列車のうち3連列車が通過すると、3両目が踏切上をまだ通過中であるにも関わらず、遮断機は鳴動を止め遮断桿が上昇してしまう。これは、鳴動終了地点を2連列車を基準にすることで、日中の鳴動時間短縮を狙ったものと思われ、列車選別装置がない路線においては、ある意味合理的な方法であることも理解出来るが、銚子電鉄における国土交通省の業務改善命令で指摘された事項でもあり、是正されたい。

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大手町での撮影を終えて、やって来た610系4連列車で古町へ移動。大手町ではホーム有効長が短いため、4連列車では横河原方1両がドアカットとなる。

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次にやって来る列車が610系の4連列車であることが予め分かっていたら、もう少し大手町で撮影を続けるべきだった…だなんて考えていたが、古町で車両交換が行われ、入庫する610系4連を撮影する機会に恵まれた。

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↑ 写真右のモハ822はよく見ると列車無線アンテナが撤去されている

次の列車まで、構内にいる800系を撮影する。前日の、夕陽に照らされた美しい姿がまだ目に焼き付いているところだったが、朝は朝で、ホームから編成全体を順光で写すことが出来る。この記事を書きながら気付いたが、モハ822の列車無線アンテナが見当たらないのが気になる。整備中なのか、それとも部品供出なのか。

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古町からは700系に乗車。編成はモハ713―クハ763だが、モハ713の前部にモハ722の増結車が組成されている。そのため、モハ713の運転台は貫通路が構成されていて、運転台を容易に観察できる点が、3連列車の魅力でもある。モハ722の後部は貫通路が狭幅に改造されており、編成解放時には貫通扉で貫通路を閉鎖できる構造になっているが、その貫通扉が、ロッカーに似ており、ユーモラスだ。

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なお、増結車モハ722号の車内には、KTRスピーカーが残っていた。あれこれ角度を変えて模索するも、「KTR」の文字がなかなか上手く浮かび上がらず、結局思うように記録出来なかったのが残念。これはもちろん、自分の力量の問題である。

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車内で補充券を求める。次に決めた行先は、やっぱり梅津寺。

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伊予鉄道郊外線を象徴する場所といえば、多くの方が大手町の平面交差を挙げるだろうが、筆者は梅津寺付近の海岸線を行く高浜線の姿も好きである。フジテレビの“東京ラブストーリー”というドラマのロケが行われた場所としても有名だが、今では“トレンディドラマ”という言葉すら、死語に近い。

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↑ 上の写真は1995年9月に撮影したもの 当時一部編成はまだ旧塗装のままだった

ラブストーリーなど無縁の筆者だが、ここ梅津寺駅に降り立つのは、今回で3度目。前回の訪問から既に12年の月日が流れているが、周囲の風景は何も変わっていない。何時間見ていても飽きない。

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だが、カメラを構えてみると木々が生育し、枝がアングルの邪魔をするなど、周辺環境は微妙に変わっている。

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そして何より、梅津寺パークがこの春、閉園してしまった。既に一部の遊具の撤去作業が始まっており、遊園地の観覧車と海をバックに走る夢のような構図は、もう間もなく得られなくなるかもしれない。園内には“坊ちゃん列車”で有名な蒸気機関車1号機が保存されているが、こちらは展示が継続される(上に掲げた写真の“坊ちゃん列車”は、復元され現在も運行されているディーゼル方式の復元車である)。

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ところで、伊予鉄道で活躍する京王3000系は、一体どのような仕様になるのだろうか、とても興味がある。800系(2010系)は京王時代に昇圧を経験しているため、複電圧構造であった。また、1500Vでは1C8M制御であったが、昇圧前の600V時代は1C4M制御であったため、伊予鉄入線にあたり単M運用にも対応し易いなど、良い偶然が重なっている。700系も、伊予鉄入線時の改造メニューは800系に準じている。

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伊予鉄道に京王グリーン車が譲渡された当時、タネ車を井の頭線用京王1000系(旧)としないことを不思議に思っていた。京王1000系なら軌間の問題もなく、そのまま譲渡出来そうだと考えていたからである。これは後に、京王線用2010系の方が車両定規の問題をクリアし易かったからだと知った。また前述のように、2010系は京王時代に600Vから1500Vへの昇圧を経験していることから、600/750Vの伊予鉄道への譲渡が容易だった。

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しかし、京王3000系は当初から1500V仕様であり、特に後期車は界磁チョッパ制御であるため、対応は難しいように思える。中間デハ3100は端子電圧が750Vなので、デハ3100をタネ車にすれば、改造は比較的容易みたいだが、いや、それにしてはタネ車の数が少ない。京王時代に車体のリニューアルが施工されているため、ボディの状態はすこぶる良い。伊予鉄入線を機会に、走り装置を新調しても良さそうだが…。

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名残り惜しいが、時間が来たので伊予鉄道郊外線とはお別れである。京王3000系が就役したら、おそらく、また松山を訪ねたくなるだろう。

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2009年春 青春18きっぷの旅A 広島電鉄〜可部線〜N700系
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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
伊予鉄〜、行ったことがないです。近くて遠い四国。特に愛媛は遠いな〜。
としおちゃん
2009/03/25 20:52
どうも、こんばんは
伊予鉄はローカル感があっていいですね。
都市間の電車とは全然違うほどです。
けんまる
2009/03/25 22:18
こんにちは♪
愛媛出身の私にとってとてもとても興味深い話題でした
井の頭線の電車が松山を走ることになるんですね?
ガオ
2009/03/26 13:05
こんにちは〜
「へえ〜なるほど!!」と思いながら拝見いたしました。
平面交差、まだ残る場所があるのですね〜
ドラ猫
2009/03/28 11:48
みなさん,コメントをお寄せ下さり,ありがとうございます.
伊予鉄道は地味ながら魅力たっぷりで,大好きな鉄道です.関東からですと遠いのですが,何度行っても良い思い出ばかりです.
ツキだっ!
2009/03/29 23:32

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