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zoom RSS 小田急2600系と京急600系

<<   作成日時 : 2004/07/03 09:04   >>

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6月5日の2600系さよなら運転以降,週末はどこにも出かけていなかったため,ストレスが溜まり気味で,どうにかなりそうな毎日を送っていた.本来であれば,北館林の解体現場という,最後の儀式が残っていて,楽しみにしており,週末は稼動可能状態でスタンバっているのだが,海老名に移動して以来,2670×6は1か月,動く気配を見せない.

そこで,辻堂と逗子で2600系と京急600系の保存車を見て来ることにした.

藤沢まで小田急で行き,東海道本線で辻堂まで行く.仕事以外でJRに乗るのは久し振りだ.30分ヘッドのバスにうまく接続出来た.

まず最初に展示館を見学.運転台のシミュレータをやる.これは4月29日の東大宮と一緒である.

その後,クハ2658号を撮る.クハ2658号は,搬入から10年が経とうとしていて,先代のデハ2218号と同じ運命を歩みそうな気配.特に海に面した妻板部分と,小田原線上でいう山側の腐食が激しい.何度も塗装をしているみたいで,塗装膜は厚いのだが,窓枠部分など,鋼板の薄い部分は腐食が進んでいる.

それに加え,車内もステンレスの握り棒ですら,錆びが見られ,全体に塩で白っぽくなっている.車内を〆切って開放しなければ,車内の腐食の進行はそれほどでもないのだろうが,窓が大きく開け放たれていたのも考えものだ.

クーラのキセは,フィルタ(ルーバ)部分もグレーで塗装され,腐食を食い止めるための措置と思われるが,ちと印象が違う.だがこれは,今に始まったことではない.以前に見学したときもそうだった.

運転台は,今まで遮光幕が下ろされていたが,今回は開放されていた.運行表さしと列車無線は流用されたらしく,外されていたが,ほかは現役時代のまま.ただし,運転室は常時施錠されていて,風が通らないせいか,ホコリがたまっていた.台車のバネはまだ効くらしく,車内に足を踏み入れとふわぁっとする.

窓周りの錆びといい,運転台に積もったホコリといい,往時を偲ぶために来たのに,仰ざめさせられ,ガッカリする.

保存車であることを良いことに,妻や座席下,それに車体裾のDコックを捻ってみた.コックは案外軽く回る.あと,電連の押し棒を押して,ジャンパ栓を露出させてみた.こちらは結構力がいるが,それでも片手で押せるほどの力しか必要としない.

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何度も塗装を重ねているのと,先代のデハ2218号のように,メルヘンチックなカラーに塗り直されていない点は評価できるが,いつもここに来ると思うことだが,MGの甲高い音やCPやブレーキの排気音など,サウンドが全然聞こえてこないので,物足りなさを覚える.やはり,鉄道車両の要素に,サウンドが欠かせないアイテムであることを,改めて実感する.





前面の手すりにかけられた,よじ登り禁止を促す看板も,もう少し何とかならないか.

逗子の京急600系は4時までの開放と記憶していたので,2時過ぎに海浜公園を後にした.

ところで,行きのバスに乗っていて思ったのだが,以前の記憶と違って,駅から意外に近いことを知った.バスは30ヘッドだし,帰りは歩くつもりでいたが,都合の良いスジのバスがあったので,帰りも駅まで乗ってしまった.

東海道本線の113系で大船に移動する.大船からの横須賀線はE217系.逗子で前の4両が解放されるというので,前部から後部へ車内を移動した.

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京急600系が保存されている第一運動公園には,プールや体育館が隣接していて,ちょうどシーズンということで,プールはかなり盛況だった.

プール客が帰り際に保存車に立ち寄り,車内に入れ替わり人が入ってくる.小学生の女の子が,手すりで懸垂していたり,DQNと思われる人物が,運転台を占領していて,退く気配を見せず,なかなか落ち着かない.

そこで,最初のうちは外観を写す.辻堂の小田急2600系と違って,保存場所が海に面していないので,経年の割りに,外観はしっかりしているが,赤というカラーの所為で,紫外線による退色が激しいのと,ボディに艶がなく,埃まみれだった.あと,後部の窓ガラスが破損している.妻の貫通路が板で塞がれているのは,辻堂と同じだ.床下機器は全て残っていて,台車はウイングバネの乗り心地の良さそうな物だった.線路と車輪の間にスコッチブロックが噛まされていたので,まだ動かせるのかも.ただし,モータは抜かれていた.

いちおう,警備会社が管理しているみたいで,警備会社のステッカーが貼られているけれど,開成のNSEみたいに,厳重警備ではないので,車内もそれなりに荒廃している.デハ601号と言うトップナンバーで,京急の歴史上,初の高性能車であることなど,かなり大きな意味をもたらした車両なので,京急で保存すれば良いと思う.

外観を一通り写したので,車内に戻り,運転台に入る.車内は,1000系と同様のイメージで,ドアがステンレスのヘアライン仕上げだった点も,1000系と似た印象を与える.昭和34年製にしては,デコラの艶も残っていて,綺麗な方だ.600系は琴電で乗ったことがあったと思ったが,これだけ車内の手入れが良いと,琴電ではほぼそのまま使えたと思う.もちろん,あちらはロング化されているが.

運転台は,ノッチとB弁が残っているが,他のメータ類は外されている.ボタンは残っているが,マスコンも含め,ペンキで塗りつぶされていて,ディフォルメされている.まるでレプリカ.ペンキが原因なのか,車内の特に運転台付近が,シンナー臭い.

アコモは,もちろんクロスシートである.背ずりが思いのほか低く,2扉のドア間の見通しはJR113系よりも良い.ロングシートの背ずりを少しだけ高くした程度だ.これでは,高速運転時の座り心地が悪そうなのと,捕まるところが少なくて大変だろうと思った.

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背ずり上部には,新600系と同様のクリスタル柄の枕受があって,素材が新600系と同じビニルであるところに,後継車との共通点を見出せた.吊革と扇風機が撤去されているのと,シートモケットに一部荒廃している部分があるが,手入れの行き届いた博物館の保存車とは環境が違うのだから,こんなもんか.台車の中心ピンが抜けていたのと,モータの点検蓋を持ち上げようとしたら,開かなかった.

デハ601号を後にする.帰りは東逗子ではなく,逗子まで行くことにした.距離的にさほど変わらず,逗子を境に,横須賀線の運転本数が変わるので,むしろ逗子に出る方が便利なのだ.

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逗子までの途中,東急車両からの搬出線を確認する.東西線用103系1000番台が,冷改かATS−P工事で東急から出場した際の,RJの記事で見たことがある京急〜JRへの連絡線で,印象的なずい道が確認できたのは収穫だった.4種踏切の警告文に書かれている内容から,東急とJR貨物の資産みたい.せっかくの機会なので,画像を残しておく.

逗子から鎌倉に出て,江ノ電で江ノ島に行く.逗子に横浜線の205系が停車中だったので驚いた.休日の営業列車みたいだ.鎌倉からは1500型.由比ヶ浜や七里ヶ浜の海岸線沿いを走るとき,山側の客が,一斉に立ち上がったのが印象的だった.やはり,湘南の海は魅力的みたい.

江ノ島から片瀬江ノ島まで歩く.遠回り覚悟で,わざと,海岸沿いの道を歩いた.中学3年の夏休み,受験のため窮屈な思いをしていたので,制服姿のまま,江ノ島に来たのを思い出した.

片瀬江ノ島から,2600系がいなくなって淋しくなった江ノ島線で帰る.

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